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自転車ロードレースにおける無線世代と無無線世代の話

自転車ロードレースで無線が使用され始めてから、随分と時間が経ちました。一度は全面禁止になった時代もありましたが、トップカテゴリーでは欠かせないツールとして使用されています。

自転車ロードレースで無線が使われ始めたのは、1990年代にアメリカのモトローラチームが持ち込んだのが起源だと言われています。レースで使用することで、レース中のベネフィットもさることながら、自社製品の宣伝にもなるというさすが通信機器メーカーがスポンサー。一説によると、ある日本人監督がヨーロッパに持ち込んだ、なんて話もあったりなかったり。

無線使用のメリットとしては、リアルタイムに選手に情報を伝えられること。レースディレクターから各チームカーに随時レースやコースの状況が伝えられる「ラジオツアー」の情報や、その場その場でのチームの動き方を指示する作戦、そして通常であれば審判にアピールしてラジオツアーで呼んでもらう補給やメカトラのタイミングをアピールなく即時にできること、などが挙げられます。また、集団のどこにいても選手間で会話ができるので、他の選手に聞かれることも防げますし、無線のマイクをロックすれば、スプリンターが大きな声で指示を出さなくてもアシスト選手に希望を伝えることができます。

そんな無線も登場から20年ほどで使用禁止の事態になりました。理由としては、

「レースが単調なものになってつまらなくなるから」

その頃は、特にツールドフランスなどのステージレースで、総合首位の最強チームがレースを完全にコントロールしてしまうので、ドラマチックな展開が起こらないということでした。確かに総合上位陣が入った逃げが逃げ切って総合順位逆転、のような展開になることは稀でした。昔からレースを見ている人からすると、展開が計算されて単調になるレースは味気のないになってしまいました。

そこでUCI(国際自転車連盟)は、2010年から段階的に無線を禁止して、2011年から全てのカテゴリーのレースで禁止になりました。するとコースの状況が伝わらない理由で起きる落車が増えたり、集団の後方でチームカーを呼ぶ際の混乱(チームカーを呼ぶ選手が増えると審判から各チームカーを呼ぶ回数が増えたり、見逃しがあったり、補給で時間がかかると他の選手が下がれなかったり・・・etc.)などが増えたかどうかは知りませんが、無線世代の人たちにとったらかなり面倒ですよね。それは審判同様で、かなり労力が増えたことと思います。昔は無線なんかなくても、それでレースしていたよ、と言われれも1980年代の話ですからね。どちらにスタンダードを合わせるのか。

そんなこんなでやっていましたが、現場での反発などもあり、UCIは結局2016年に無線を一部解禁。ワールドツアーと各大陸の1クラスとHCクラス(現在のプロシリーズ)のみ無線が使えるようになりました。自分も監督になった年に無線が禁止になったので、始めて無線を使ったのは5年後の2016年のツールドランカウイだった記憶。最初に使ったときは発声練習をして、ドキドキしながら使ったのを覚えています。ちなみに世界選手権をはじめ各大陸・各国の選手権ではいまだ無線は使用できないので、そう思ってレースを見るとまた違う見方ができるかもしれません。

で、レースが変わったかと言われると、どうなんですかね。単調になっているかもしれませんが、ある程度流れがわかるので、自分としてはいろいろな意味で「安全」に感じます。それはレース中の落車などのトラブルもそうですが、展開的にもあまり変な展開になることがないので、(あくまで自分たちのレベルですが)安心してレースを見ていられます。

アジアツアーの2クラスのレースはいまだ無線が使えないので、よく起こるのが逃げにどんなメンバーが入っているかわからずに追走のタイミングが遅くなったり、そもそも逃げができていることに気がつかずにメイン集団でスプリントして優勝だと思ったらすでに逃げている選手がフィニッシュしていた、などです。それは選手が見逃しているからということもあるのですが、レースによってはバイクからのインフォメーションが滞ったり、そもそもタイム差が間違っていることも起こったりします。アジアツアーのレース(特に2クラス)では、車もあまり通らなそうな山道の中をひた走ることも多く、そういう場合は集団もバラバラで審判のバイクも車も選手の前に上がれなくなることも多く、先頭がどこで、今この選手がいる集団は第何集団でタイム差は?、というような状況でまさにカオス!だからアジアの2クラスほど無線が欲しくなるレースはないんですけれどね。。。

で、本題に戻ると、常時無線を使っていた世代と、無線を使ってない世代の選手だと、やはりレースの展開の理解度が違っているように感じます。無線世代だと、レース中は監督からリアルタイムにどうしなければいけないかの指示が出ていたため、こういう展開にするからこういう風に動いていく、や、このチームがこう動くからこうする、などレースの流れをその場その場で学ぶことができました。しかもレースの数も多かったので、吸収することにあまり時間はかかりませんでした。しかし無無線世代になると、レース中に起こったことをレース後に改善しようとしても、終わった後なので記憶が曖昧だったり(なかったり)、疲れているのであまり頭に入っていかなかったり、熱量も集中力もリアルタイムとは違うので、リアルタイムよりはわかりにくくなってしまいます。しかも日本をはじめアジアツアーも年間のレースの数はそんなに多くないので、経験の吸収にすごく時間がかかる。それはチームカーの使い方もそうで、ヨーロッパの選手たちはジュニア時代からそういうレースに慣れているのですが、アジア、特に日本の選手がチームカーを使ってレースをするのはエリートに上がってから。この5〜6年は非常に大きい。せめてU23の頃にはレース展開を読む力やチームカーの使い方を学んでほしいです。それだけでその選手のキャリアにおいてかなりのショートカットになります。例えばU23時代に日本ナショナルチームで海外遠征をこなしている選手はその辺の吸収は早いですが、学連のレースのみの選手だとエリートに上がってから学ぶので、時間がかかります。そのあたりに諸外国との違いはあるのではないかと感じています。

今年はJBCFでも無線が解禁されて、使用するレースがありましたが、やはり無線とチームカーはセットで運用されるものだと感じています。JBCFは周回コースなので基本監督はコース上に立ってレースを見ていますが、レースの全体を見ることができません。それにラジオツアーもないので状況も自分の目で見えるところでしかわかりません。そんな中で無線で指示を飛ばしても混乱の元を作ることもあるし、電波が届かずに勘違いを起こすこともあるし、必要最低限のことしか伝えることができません。それではトラブルの種になるだけです。チームカーで後続からラジオツアーの状況を聞き、選手にリアルタイムで今やらなければいけないことを伝える。小さなことですが、ただでさえレースの少ない日本人の選手の育成には必要なことだと感じます。しかしながらチームカーが走らせられない状況も理解していますので、心苦しい部分です。だからこそアジアツアー、ということになってるんですね。

しかしながら今後も国内レースでは無線の使用が許可されるようで、さらに今はストリーミングで世界各国のロードレースを見たいだけ見ることができます。実戦ですぐに動けるようにするために、レースの理解度を深めることも強くなるためには必要な要素だと考えます。

今後の記事作成の励みになりますので、記事を気に入ってくれた方は「スキ」や「記事をサポート」していただけると嬉しいです。他にもこのnoteに走りに関することやサイクリングに関することを書いているので、参考にして楽しんでいただけると幸いです。