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物語が溢れ出す、真のマスターピース - back number 『黄色』

 back numberの最新曲『黄色』のMVが公開された。ディレクションは映画『溺れるナイフ』や『ホットギミック ガールミーツボーイ』で知られる映画監督・山戸結希。

 アルバム『MAGIC』以降、シフトチェンジを謳い続けているback number。『エメラルド』はその布石として十分すぎるほどのロックナンバーであったし、『水平線』はかの『クリスマスソング』を超えるほどの勢いで拡がりを見せ、誰の心にも寄り添う楽曲としての地位を確立し始めている。その中で、Abema TVの恋愛リアリティーショー『虹とオオカミちゃんには騙されない』主題歌として『黄色』を発表した。それも、『HAPPY BIRTHDAY』以来となるCDシングルの形態でのリリースがあるという。

 ラジオの先行解禁を聴いた限りではお家芸の胸キュンソングをかなりブラッシュアップした内容、という印象だった。片想いの夢中な想い、立ち止まった状態を信号で表現するサビの筆致は『瞬き』以降の「言いたいことは全部言葉にする」取り組みでたどり着いた境地といえよう。

交差点で君を見付けた時に 目があった瞬間で時間が止まる 信号は青に変わり誰かの笑う声がした まだ私は動けないでいる

 『ドライフラワー』が国民的ヒットを飛ばし、そのほかのTikTokを出自とするヒットソングの中でも、どことなくback numberが作ってきた、純真な恋愛ソングをリスペクトしたような楽曲が見られるようになってきた。清水依与吏氏がかつて桑田佳祐氏や桜井和寿氏に憧れていたように、back numberもまたアーティスト・オブアーティストとしての地位を確立しつつあるかもしれない。しかし、だからこそなぜ、今になってこの曲をそれもシングルリリースまでするのか?と思っていた。ただあまりにメロディが美しく、歌詞もとっっってもいいのでリリースまではradikoプレミアムのタイムフリー機能で『黄色』を流してくれていた番組を繰り返し聴き、TikTokライブの縦画面に新鮮さを覚えながら、リリースまで待機。そして先行配信と、MVが解禁となった。

全てを包括する「確定」の楽曲

 全てを納得してしまった。そりゃシングルリリースをしなければいけない。TikTokライブでメンバー、特に清水依与吏氏が「MVは見ていただければ…」と内容についての明言を避け、ティザー映像が公開されなかったことも、全てに納得をした。これはかつてないほど丁寧にリリースされる楽曲だ。

 back numberが、愛の多様性を無視してきたわけではないはずだ。彼らは男女の恋に限らず(一部、一人称の都合上男による片想いソングであることが明らかな場合もあるが)様々な形の恋愛・想い・恋心に刺さる歌を歌ってきた。「『助演女優症』は私の推し声優への想いを代弁してくれてるんですよ!!なんでこの人私の気持ち知ってるのって!!」と熱弁してきた大学の後輩を思い出す。ありありと浮かぶ情景、人の心に潜む誰かを思い慕う気持ち。それがたとえ異性愛であろうが同性愛であろうが推しへの想いであろうが。恋愛——人を愛する気持ちに寄り添うことに、これほどまでに徹底して取り組むバンドは他にあるだろうか(何度も記述していることだが、彼らは『あとのまつり』という失恋ソングのみを収録したアルバムをリリースしている)。

 今回、MVの中であれ、明確な表現をしたことに意味がある。これは、彼らの歌がどんな形の愛にも呼応するものであるという「確定」させるからだ。お坊さんに恋する月9ドラマ主題歌でブレイクを飾り、今回だって異性愛エンタメの最たるものである恋愛リアリティーショーのタイアップ。そこに、あえて、なのか、そもそも世界はさ、ということなのか、このMVをぶつけた。彼らが人を愛するように、社会的な状況を置いておくとするならば、そこにはラブストーリーがまた確かに存在する事を、彼らは彼らが築き上げた王道物語ラブソングの筆致で描いたのである。「シフトチェンジ」、そこにはヒットシーンで無視されがちだった部分に対する変革も含まれている。King GnuやOfficial髭男dismはその演奏技術・音楽性で確かにシーンを一変させたが、back numberにはback numberなりの変え方があるのかもしれない。あくまでも愚直に人の心の物語を歌いつつも、表現方法を更新するという形で。そう、彼らは物語を綴るバンドなのだ。

物語を歌うバンドとしての原点回帰

 『黄色』のMVにはシナリオが存在する。back numberのMVで起承転結が存在するものは、筆者調べでは今まで存在しなかったはずだ。唐田えりかの名声を一躍高めた『ハッピーエンド』のMVは評価が高いが、「かつての彼女」の断片集のようなものだ。そう、曲に物語があることは否定できないが、どのMVも断片集だった。MVはせいぜい4〜5分間という時間の縛りがあり、セリフもないことから短編映画としての完成は困難を極める。『世田谷ラブストーリー』を行定監督が短編映画化したりと短編映画を制作する試みはかつてあったが、やはりMVは難しい。

 それでも物語を成立させるためには、映画監督が撮るしかないのかもしれない。例えばKing Gnuの『The hole』はストーリーの存在するMVだが、監督は映画『佐々木、イン、マイマイン』が記憶に新しい内山拓也監督だ。そして今回『黄色』を撮ったのは山戸結希監督というわけだ。

 back numberはドラマ・映画タイアップのプロフェッショナルである。既存の物語に沿う楽曲を完璧に仕上げる、その仕事ぶりがここまでのブレイクを支えていることは確かだ。けれどback numberの古いファンは皆知っている。このバンドはそもそも、楽曲から物語が溢れ出るバンドであるということを。『西藤公園』、『風の強い日』、『幸せ』、『エンディング』…こういった初期名曲群を愛し、物語性こそがこのバンドの最たる良さだとしてきた身からすると、『黄色』はそれらを大幅にブラッシュアップして作られた超絶名作である、と語彙力を手放しにして語りたいのが本音なのである。このMVの存在がそれを決定づけてしまった。今年も様々なエンタメに触れ、感動を得てきたはずなのに、私はこのたった5分間の映像に「今年最高」の四文字を与えてしまった。
 ああ、美メロ、ユニークな歌詞、歌のうまさ、胸キュン——そのどれでもなく、清水依与吏が書く物語に私は震え、涙を流してきた。結局今回だってそうだ。もうファンになってからかなりの年数が流れた。2021年、正直『水平線』や『怪盗』はかつて愛していたからその流れで「特別枠」として聴いていたのかもしれない。実際今の私はR&BよりのJ-POPが好きだ。もうback numberのやるロックは本当は趣味じゃないのかもしれない。けれど『黄色』は——『fish』が頭を駆け巡って離れなかった高校時代やそれ以前、私はあのときの気持ちにもう一度戻っている。これほどまでに美しく、目を閉じた時に情景が浮かんで…自分が何を1番好きだったのか、なぜ物語というものにのめり込むのか。自身の再発見に導かれた。2021年、私はもう一度このバンドにゾッコンになってしまっているのだ。

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