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日常を語り続けたback numberによる"MAGIC"

 「日常」という言葉と「魔法」という言葉の間にはえも言わせない隔たりを感じてしまう。普通の時間が流れているのだから日常足りうるのであって、魔法にかけられた気分になるということはそれだけ特別なことなのだ。ディズニーランドが「夢の国」とされ、キャストたちの対応が徹底されているのもそれはやはり非日常を作り出すためであることは明白だ。だからと言って、日常に魔法が宿らないかというと、そんなことはない。back numberは、それを歌い続けることで、気がつけばドームツアーを完遂してしまったスリーピースバンドだ。 

 back numberのフロントマン清水依与吏は「自分たちの曲は歌っている半径が狭い」ということをしばしば言う。だがその半径の狭さこそが、彼らの曲が人々の心を掴んで離さない理由であることは間違いない。最大のヒット曲であるかの『クリスマスソング』だって、主人公は一人の片思い中の男性であり、その実は救いようがないほど奥手。ダメダメだ。でもその主人公が、何百万、何千万人に共感をもって愛されていると言う事実。人の本質は「弱さ」にある故だと、僕はずっと思っている。

 弱さは、人に見せることが難しいのだと、自分を見つめ直す機会が増えれば増えるほど思わせられる。よくあるのが、何か自分の性格的、心理的弱さ故に嘘をついてしまった時であったり、ごまかしてしまった時に「ああ、今のは自分が悪かったな」と思いつつも人前で訂正できないことだ。せめて自分の中ではダメだぞ、アホだな自分、と鞭をうちつつも、外面的には飴だ。それどころかその場で記憶から消し去ろうとして内面的にも飴を与えることも多々ある。飴と飴。飴と鞭は理想論。強がりやごまかし、人生の60%くらいはそう言うことで構成されているんじゃないかと思ってしまうのである。自分に正直でいることがどれほど難しいかと言うことは、人間を何年もやっていたら直面する、最も直面したくない人間の弱さだ、といいまた弱さから目をそらす。

 そんなふつーの人間、清水依与吏風に言えば「救いようのない」人間がback numberの歌の登場人物であることが多いわけだ。みんな自分の救いようのなさをどこかしらで感じている。そんな弱さをback numberは等身大で歌い上げるもんだからみんな困っちゃう。好きになっちゃう。心のどこかに隠したあんな感情やこんな感情を、彼らは全てすくい上げていく。

会いたいんだ今すぐその角から 飛び出してきてくれないか

こんなこと人前で絶対に言わない。言わないけど、心という整理のされてない部屋を漁れば、ひょっとしたら出てくるかもしれない感情だ。

 そうやって僕らがこぼした、隠した感情を一つ一つ拾い上げたかと思えば、それらを芸術に昇華することもある。どんな人の人生だって、言葉を選んで情景を想起させれば芸術に変わることを清水依与吏の詩世界は教えてくれるし、小島和也、栗原寿両者の演奏もそれを支えている。『光の街』で見せた叙事、叙情のバランスはまさに、「あなたの小さな喜びも、こんなに美しい風景と等しいんですよ」と私たちに語りかけるようなものだ。

 ようやく新アルバムの話。そんなこんなでこれまで何年もの間、私たちの生きる価値に自信を持たせてきてくれた清水依与吏だが、メディア各紙に夜とここ最近悩んでいたのは他でもない、彼がback numberである価値に始まる「価値」についてだったらしい。

 そんな葛藤から生まれたのが今回のアルバム『MAGIC』だった。3年3ヶ月ぶりの一枚。あと9ヶ月足せばオリンピック。待望だ。前のアルバムのリード曲は『クリスマスソング』だった。

 このアルバムを聴いて、何かback numberが大きく変わったな、とかそういうことは感じなかった。相変わらず曲の歌う半径は狭いし、『エンディング』以来のタッグとなった亀田誠治プロデュース楽曲『雨と僕の話』の主人公はやっぱり「救いようがない」。しかしながら、今回は人の心というものにより蜜月したアルバムのように感じられる。おそらくリード曲であろう『あかるいよるに』で感じさせられたのは「心」は人が一生を生きる相棒だということだった。

 back numberは、このアルバムをリリースするに当たってキャンペーンを行なっていた。「MAGIC PHOTO CAMPAIGN」。あなたのMAGICな瞬間の写真を募集します、というものだった。

 「価値について」から「MAGIC」へタイトルが移行したわけだが、軸となるものは変わらなかったみたい。「あなたは何に価値を置いて生きていますか––––」というメッセージ性のあるこのキャンペーン、『あかるいよるに』を聴いた瞬間に腑に落ちた。

恋も愛も憧れも夢も信念も 呼び方が違うだけ かかった人にだけ価値が生まれる魔法 の話

 一人一人の価値のある瞬間。それらは全部魔法という一言に帰結すると清水依与吏は定義した。あーその通りだなーと、思う。こう思えたら、一気に世の中の人たちが分かり合えるんじゃないかと思う。人と違う、という大前提を置きながら生きることは素晴らしいのに実際なかなかできたもんじゃない。これは星野源がずっと掲げ続けているテーマでもあるけど、個人的事情について歌い続けてきたback numberがここに踏み込むとは思わなかった。

 シングル曲を振り返る。『瞬き』は広義の意味での「幸せ」に彼なりの答えを出した楽曲。『大不正解』は友情と不完全さをロックンロールに消化した楽曲(かつ、新しい音楽的アプローチに挑戦している楽曲)。『オールドファッション』は失う心の痛みを、ただ痛く辛いものとするのではなくて、「ありがとう」という気持ちに変換した楽曲。革新的なシングル三曲と比べて、『HAPPY BIRTHDAY』はある意味シンプルな楽曲だった。よくよく考えれば『高嶺の花子さん』や『クリスマスソング』と状況が似ている。ただシンプルというのは清水依与吏の世界観の話であって、彼以外のアーティストはこのテーマでここまでの曲にはしないし、小林武史にプロデュースもさせない。

 シングル曲を振り返ってみても、今まで以上に視点が「人生」というものに移っていると感じる。恋愛から人生へ、人に寄り添うという立場は変わらず歌われている。ひょっとすると、『光の街』で歌われたテーマと今作『MAGIC』は密接な関係にあるのかもしれない。僕たちの普通の日常がいかに大いなる「価値」を持っているのか、ということが歌われているのがこのアルバムであり、彼らがこれまで言わんとしてきたのもこの主題だったのかもしれない。

 つまり『MAGIC』とは、「僕たちが当たり前に生きる日常の尊さ」というのが結論だ。それに気づかせる彼らは魔法使いか何かか。アルバイトで以前、「あなたの人生の傍に、back number」というキャッチコピーを作り展開したことがあった。まさにそうなってきていて少しニヤつく。

 あなたはどの楽曲で魔法にかかるのだろう。まあ人それぞれ違って良い。『あかるいよるに』で歌われているようにね。

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