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ホームベースとハイブリッドのエッセイ

 巨人がひどい負け方を続けている。巨人というのは読売ジャイアンツのことである。オレンジがイメージカラーだけどオレンジのユニフォームは年間数度しか試合では着用されない。自転車に乗れるようになるよりも先に巨人ファンになった。当時まだ松井秀喜が巨人にいた。「松井、(ホームに)帰ったー!」と叫ぶ実況アナウンサーの声を聴いて、「なんで、なんで松井帰っちゃうの」と泣いていたんやアンタは、という話を年に2回くらいオカンにされる。当時のクソガキの気持ちもわかる。野球にまつわる用語は結構こういうことが多いかもしれない。「かえった」は塁上にいたランナーがホームベースに帰ってきて点を得ることをいう。やはりホームベースを家——ホームに見立てているのだろうか。ランナー帰せよ、とかよく言う。

 そこから4年後には野球を始めた。4歳で松井がかえってうんたら、と泣いていたガキンチョが実際にグローブをはめ、ボールを投げるようになるまで4年である。4年というのは、私は5年通ったが、大学入学から卒業までと同じ年数だ。一桁台の成長というのはずいぶんスペクタクルなのだなと思う一方で、今から4年前は2017年で、たいして思い出せることがないな、今は親友となり後輩なのに呼び捨てされて人生の支えをしてくれてる女の子のことがずっと好きだった時期か、そう思うと20代の4年間にも価値はあるなと思えた。なんだか自分にとって恋愛感情は乗り越えるためものみたいになってきている。でもその先で見える景色というのは意外と悪くないということは彼女が見せてくれていて、けれども誰しもにそれを求めるのも違うなとも最近思ったりする。

 それにしても巨人の負け方がひどい。あんまりだ。去年は坂本勇人の2000本安打達成の試合を生で見たり、そもそも優勝したりで日本シリーズのボロ負けはなんかもうどうでもよかったけど今年は辛い。巨人が負けるだけで嬉しいと言っている人一定数みかけるがそう言っておけばいいみたいなアレなんなん。そういう感情の処理のために野球があるわけではないんだわ。スポーツエンタメの大嫌いな側面。でもこの落ち込みの裏返しの感情の気もして無下にはできない。

 原辰徳の采配はハマる時はめちゃくちゃハマってCreepy NutsのR-指定やICE BAHNのFORKのライミング並みに気持ちよくなれるが、ハマらなければその先は凄惨なものだ。今年勝てても来年やその先に勝てなくなるリスクのある野球を彼は今回の政権で続けていて、そのツケがついにきてしまったのかもしれないな、と思う。何をプロ野球球団について真面目に語っているのだろう。

 小袋成彬の3rdアルバムを何度も聴いている。宇多田ヒカルに見出された才能、として有名だがそもそもコンポーザーとして活躍していた才能だ。しかしながら声が良い。本当に良い。驚愕するほど語感のいいライミングがそれを増長させる。リリックも好きだ。小袋成彬は野球部出身であるということをカルチャー顔騒動の時に知った。だからなのかリリックの価値観の根にあるものが近い。『Work』もいろいろ言われているけれども私は全くその通りだな、と思ってしまう。生きるためには働かなきゃな。

 現状この文章たちは悲しいかな生業ではない。本業は新卒2年目としてはうまくいっていて、お褒めに預かる機会も多い。確実に営業職に向いている。しかしそういう瞬間のたびに、右肺の下あたりで疼くものがある。私はここだと咽び泣く声が聴こえる。私の書く欲望だ。そいつらを絶対に殺さないために筆をとる頻度を上げる。去年は働く自分とそうじゃない自分を二分しなければと躍起になっていたけれど、結局全て地続きだということ。それを支える余力のためにさっさと眠る。

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