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映画とわたしたち

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映画及びドラマに関するエッセイ。(昔は批評めいてました)
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#映画感想

『aftersun / アフターサン』

 暗室に入らない人生を過ごすわたしたちにとって、チェキを使ってみる行為は写真という事象に最も肉薄する瞬間だと思う。  ほんとうの「写真」は、スマホの「画像」のようにすぐに出来上がるわけではない。チェキ文化に触れてわかることだが、わたしたちの像は時間をかけて定着する。本作の中でも2人で写った写真が色を帯びていくさまにレンズが向けられていた。そうして色づく写真と同じように、私たちにとって親の実像もまた、年月が経てば経つほどその輪郭が明確になっていく。子にとっての親の認知が、偶像

『ドライブ・マイ・カー』

 車の運転ほど、腰が上がらないものはなかった。記憶が正しければ2017年の半ばに教習所を卒業したが、実際に免許を取りに行ったのはその年の暮れだった。同志社大学に在学していたので、あまり勉強しなくても最後の筆記試験に合格するだろうと思っていたら普通に落ちた。  そもそも教習所だって9か月くらい通った。人生で数名程度存在する、「こいつとは何話してもダメだ」と思う人物の一人が、教習所の担当教官だったからかもしれない。私はいつも担当教官以外を指名し予約していたが、時に教習所の都合で担

『サマーフィルムにのって』

※映画『サマーフィルムにのって』のネタバレを含みます。  すべてのものに等しく終わりは訪れ、夏をあと100回過ごすのはおそらく無理なのであろう、そんな有限性を思い知らされている25度目の夏、映画『サマーフィルムにのって』を観た。本作は青春や恋愛という普遍的なテーマを表象しつつも、時代劇とSFという、2つの時空を超える装置が盛り込まれている。  2021年の夏が1度しか訪れないように、すべての人間に時間は等しく与えられている。主人公・ハダシが愛する時代劇の世界や、凛太郎がや

『四月の永い夢』

 日本人に愛され続けてきた、四月、桜の舞い散る季節。その季節に閉じ込められた一人の女性の、静かな再生の物語——『四月の永い夢』について、簡単にまとめるならこんなところだろうか。  実は世の中の何もかもを、こうやってあっさりまとめることができるのかもしれない。できるだけ要約し、簡潔に、わかりやすく話すことが評価される——というか、それが普通、日常生活、ことにビジネスの場面においては求められる話法である。  人々はなぜ、映画を見るのだろう。小説を読むのだろう。虚構の世界に浸り

『花束みたいな恋をした』

 いい映画というものは、鑑賞直後のテンションの高まりから「これは自分の人生史上最高の作品だ…!」という感覚に陥りやすい。地下に存在するテアトル新宿から、光溢れる昼間の新宿の街へ抜け出たりすると、どうしてもその映画のおかげで視界がひらけたという気になってしまうが、実際は光の加減に過ぎない。  『花束みたいな恋をした』については、敬愛する坂元裕二氏が脚本を書き下ろしており、それも菅田将暉と有村架純がいわば普通の大学生を演じるというのだから、これほど地に足ついたラブストーリーは未