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3割が支配する国――小熊英二『日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学』(講談社現代新書、2019)評

「いい学校、いい会社、いい人生」という言葉がある。受験競争を勝ち抜いて「いい学校」に通い、そこから「いい会社」に正社員(終身雇用・年功賃金)として就職すること。「いい人生」を送りたければ、〈いま・ここ〉の欲望は封印し、そうした先の目標のためにがんばらねばならない。多くの子ども・若者を加熱するおなじみのスローガンだが、それが該当するのはかつてもいまも人口の3割ていどにすぎない。

日本社会を生きる人びとの「生きかたの型」は、企業を基盤に生きる「大企業型」(26%)、地域を基盤に生きる「地元型」(36%)、そしてそれらのどちらにも拠り所なく生きている「残余型」(38%)の三つからなっているという。本書は、こうした日本の雇用慣行の三層構造が近代企業の歴史が始まった明治期以来、どのような経緯で形づくられ、さまざまな変遷を経て現在の形に至ったのかを、歴史社会学の方法で明らかにしていくものである。

現在なお日本社会に生きる人びとを規範的に拘束する「日本的雇用」のさまざまな慣行――終身雇用、年功賃金、企業別組合、新卒一括採用など。明治期の官僚制に起源をもちつつも、高度成長期の1960年代に完成に達したしくみである。しかしそれらは、本書によれば、戦後の民主化や社員の平等化、団塊世代の高学歴化といったさまざまな要因に小突き回され、結果的にうまれてきた偶発的な歴史の産物である。喧伝された「合理性」はいわば後づけにすぎない。

本書のさまざまな記述や分析からは、高度成長期の――団塊世代がその主な担い手となった――慣行や規範こそイレギュラーで、三層構造に分断された現在のありようの方が、明治期以来の日本社会の標準的なかたちに近いことがわかる。要するに、日本社会というのはそもそもが身分制的な社会であり、90年代の非正規化などというのは一種の先祖返りにすぎないのである。そうした自己像を獲得できたところで、さて私たちはどこへ向かえばよいのだろうか。(了)

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