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「意味のないやりとり」の重要な意味。

■最近のぷらっとほーむでは、こんなやりとりが流行している。ある常連メンバーゆりこさん(仮名)とスタッフのやりとりが発端なのだが、あるとき、スタッフが彼女の名前を呼ぶにあたり、「うりこさん」とボケ始めた。ゆりこさん(仮名)はそれに対し、冷静に「“う”じゃないです」とツッコミを入れる。一過性のやりとりかと思われたが、ふたりのやりとりが周囲にウケまくるに及んで、次第に定型句と化し、二人以外にも「やりとりの型」が波及し、流行となったのである。

■なぜに突然そんな瑣末な話題をとりあげるのか、いぶかしく思われた方がおられるかもしれない。確かにこれは、どこにでもあるような「ボケとツッコミ」であり、そこで交換されたメッセージそれ自体にはたいした意味が含まれていない、そういったやりとりにすぎない。しかしながら、そのやりとりの機能――そのやりとりはいったい何を促進しているか――に着目したとき、そこには、ぷらっとほーむが志向する価値の、ある重要な側面が明らかになってくる。

■御存知の通り、ぷらっとほーむは「子ども・若者の居場所づくり」を目的としている。「居場所」とは、単なる物理的な空間にとどまらず、そこに集う人びとの関係性の束を意味する。つまり、ぷらっとほーむの「居場所の提供」とは、「関係性の提供」を意味する。さらに言えば、それは「コミュニケーションへの接続」ということを内実としている。「接続」促進の手法は簡単に言うと二つある。一つ、コミュニケーションの敷居を下げること、二つ、接続技術を伝達すること。

■ここでは、前者の「コミュニケーションの敷居を下げる」に照準する。コミュニケーションが苦手だとの自意識をもつ人びとに話を聞くと、「目的や役割の定まらないコミュニケーションの場がいちばんキツい」という語りが頻出する。世間話がその典型だろう。役割が自明なら、その役割に求められている振る舞いを採用すればよい。しかし、世間話のような場合には、コミュニケーションそれ自体が目的であるようなコミュニケーションが必要だ。この敷居をどう下げるか。

■ヒントは「あいさつ」だ。あいさつもまた、コミュニケーションそれ自体が目的であるコミュニケーションの典型だ。なぜそこでわたしたちはさしたる葛藤や逡巡もなくコミュニケーションを遂行できているのだろうか。それは「定型句」だからである。「定型句」は、その形式が決まっているがゆえに、瞬時の価値判断を要さない。「定型句」は、コミュニケーションの敷居を下げるのである。先述のスタッフとメンバーの共同の振る舞いは、その好例と言えよう。

※『ぷらっとほーむ通信』044号(2006年12月号) 所収

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