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13.新藤はいいやつ


 次の日から新藤は本当に僕の家に来た。結構な頻度で僕の家に寄ってきた。走って帰らないといけないので長居はしないけど、シバとの束の間のスキンシップを楽しんだ。

 シバは新藤に溺れていた。新藤がいるといないとじゃ大違いだった。

 新藤と帰ると、まず、きゅんきゅんきゅん、と可愛い猫なで声がする。声のする方を見ると、そこには狂喜乱舞するシバがいる。尻尾は、ぶんぶん、て音が聞こえるぐらい振り乱して、リードはちぎれそうなぐらい張っていて、それでも前に行きたいシバは立ち上がって前脚をブンブン振っている。そんなシバを見ていると、悲し過ぎてもう呆れるしかなかった。これまでに僕がこの犬にしてきた事は何だったんだろう。

 明らかに僕と新藤との態度は違った。少し会っただけでこの犬を心酔させた新藤の魅力は凄いけど、毎日世話している飼い主を無下に扱うこの薄情な犬が信じられなかった。これじゃ僕があまりにも哀れだ。

 そんな気持ちを抱えつつも、僕は新藤がシバと戯れている間に色んな質問をした。

 練習以外でどれくらい走り込んでいるのか、
 筋トレはしているのか、
 どれくらい寝ているのか、
 ご飯の量はどれくらいなのか、
 一日何食なのか、
 どのタイミングで食べるのか、
 走る前に良い食べ物は、

 などなど、とにかく気になってた事はどんどん新藤に質問をした。

 速くなる為には速い人の真似をした方がいいに決まっている。僕は新藤がしている事は何でも真似しようと思った。

 新藤は嫌な顔しないで話してくれたけど、忠告もしてきた。他人の真似をしてもその通りに成長はできないと。

 人の身体はそれぞれ違う。

 身長、体重、手足の長さ、利き手、利き足、立ち方、走り方、癖、睡眠時間、食べる量、アレルギー、などなど、それが全て同じ人はいない。それで他人の真似をしたとしても自分の身になるわけがない。

 結局は自分で実践して、感じて、考えながら取り入れていくしかない。

「盛男さんもそう言ってたでしょ?」

 最後に新藤は言った。そういえばそうだった。

 一番大事なのは自分の身体の感覚に意識を向ける事。

 新藤は盛男さんの考えを認めているみたいだ。最初は練習のやり方に渋い顔してたけど、今では楽しそうに練習をしている。盛男さんは間違ってなかったんだなと思った。

 新藤と仲良くなって思った事は、新藤は本当に良い奴だった。誰とでも仲が良かった。

 新藤の周りには人が集まった。練習の休憩中とか、隣には必ず誰かがいる。キャプテンや先輩達と真剣な表情をして話してたり、時には冗談を言い合って笑ったり、僕達一年生ともテレビや動画の話題で盛り上がったり、と皆の中心にはいつも新藤がいた。

 家の食卓でも新藤は話題になった。

 母と千紗は帰りがけの新藤に会った事がある。

 物腰が柔らかくて爽やかに挨拶する新藤に二人ともすぐに虜になった。

 千紗は家に寄った新藤を見るといつも母に報告した。そんな二人の様子を見た父は悔しそうに「俺が帰るまで引き留めてよ」と嘆く。

 黙ってても三人はうるさかった。ご飯の時は怒涛の質問攻めだ。

「好きな食べ物は?」
「好きなタイプは?」
「好きな選手は?」
「彼女いるの?」
「今度はいつ来るの?」
「将来はトラックとマラソン、どっちを考えてる?」

 うんざりだった。

 僕が独りで帰った時の、がっかりしたシバの態度にも、うんざりだった。


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https://note.com/takigawasei/n/n4238ef819194



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