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41.疎外感


 五月に入ってすぐに島の高校総体が開催された。

 今年もいつも通り二日間で各競技が各会場で競い合った。去年と同様に部員全員が5000mと1500mに出場する事になった。

 その中で新藤だけが三種目に出ると志願した。

 5000m、1500m、さらには800mまで。

 盛男さんは止めたけど、新藤は「島の中長距離を制覇する」と聞かない。近くで亮先輩が「400はいいのかよ?」と口にしたけど、すぐに大志先輩が口を塞いだので聞かれなかった。

 それを聞いてたら新藤は出場すると言っていたと思う。何故なら盛男さんと話す新藤の顔はとても生き生きしていて、例えたら、夏休み直前のような子供の顔みたいだからだ。

 新藤を見ていると思う。速くなる為には、能力とか、筋肉とか、心肺機能うんぬんより、走りたい!と思う強い気持ちなんだと。

 新藤は長距離の辛さとか厳しさも楽しんでいる。

 僕はこう思っている。新藤は物凄いドMなんじゃないかって。

 まず初日が5000mだった。波乱もなく普段の練習通りの結果になった。

 最初から独走で圧巻の走りをした新藤。その次に亮先輩、大志先輩、省吾、賢人。

 この上位五名が県総体の出場資格者になった。

 僕は八位だった。他校の選手二人に負けてしまった。落ち込む以外なかった。

 でも僕より新藤の方が落ち込んでいるように見えた。思い詰めた顔をして盛男さんと話していた。途中で大志先輩も加わって話したりして、何やら深刻そうな雰囲気が漂っていた。

 後で新藤に訊いてみると、右足裏に痛みがあるとの事だった。足裏の痛みだったら足底筋膜炎かもしれない。無理に走り過ぎるとなってしまうランナーによく見られる怪我だ。疲れが溜まっているのかもな、と新藤は気に留めてないような事を言っていたけど、帰りに盛男さんと病院に行く様子は暗かった。

 二日目の1500m、新藤は欠場した。

 診断結果は思った通り足底筋膜炎だった。さらに、膝の痛みも再発していたみたいだ。大事を取っての棄権になった。

 新藤のいない1500mは、亮先輩と賢人が最後まで争う白熱の勝負を見せた。

 半身の差で賢人が優勝した。僕がゴールした時、賢人はもう立ち上がって元気に喜んでいた。

 僕は九位。5000mよりひどい走りだった。足下がフワフワ浮いているような感覚だった。途中でそのフワフワした感じが抜けたと思ったら、急にズシッと脚が重くなって、なかなか思ったように脚が動いてくれない。ゴールが遠く感じた。僕の前には見覚えのない選手の背中が幾つもあった。いつもの記録なら省吾に勝てるはずだった。でもその省吾の背中はホームストレートの向こうにあった。

 僕は今年も県総体の出場は叶わなかった。

 結果、県総体の5000mには、新藤と亮先輩と大志先輩と省吾が出場する事になった。

 1500mは、同日に5000mがある亮先輩と大志先輩は出場を辞退したので、賢人だけの出場になった。

 繰り上げで僕が出れると思ったけど駄目だった。僕より順位の良かった他校の選手が選ばれていた。

 結局、上級生では僕だけが出場できないという屈辱的な結果になってしまった。

 お留守番かと思ったけど、盛男さんが気を遣ってくれて、マネージャーとして帯同させてもらう事になった。お留守番になったのは一年生の三人だった。盛男さんの計らいには感謝しかなかった。

 新藤の故障は思ったより長引いた。

 まともな練習をしないまま新藤は県総体を迎える事になった。

 盛男さんは新藤の出場に難色だった。でも新藤は出場できると強情だった。

 結局は、「自分の身体の事は自分にしか分からない」と盛男さんの格言を逆手に取った新藤に、泣く泣く出場を許可する形になった。

 それでも新藤の事が心配な盛男さんは、僕を新藤のお目付け役として任命した。

 県総体の日、僕はばれないように遠くから新藤を見張った。

 新藤が走り出すと、少しでも表情に変化がないか、フォームが崩れないか見た。でも僕の心配とは裏腹に、新藤は淡々とした様子でいつものようにアップをしていった。見た所、新藤に異変はなかった。僕とは別の場所で見張っていた盛男さんも気になった所はなかったみたいで、出場する三人と同様に少し話をしてから新藤をスタートラインに送り出した。

 号砲が鳴ると、新藤は一気に前に出た。

 久しぶりに走ったはずだった。

 一ヶ月近く何もしてないはずだった。

 なのに、新藤は圧倒的なスピードで前を走った。誰も新藤についていこうとしなかった。

 さすがだった。いつもの新藤だった。

 いつもの練習風景と変わらない。ただ走る場所とメンバーが代わっただけ。

 最後まで新藤は独走を続けて、結局は二位以下を半周差も離してダントツの一位でゴールした。自己記録には届かなかったけど、それでも新藤自身は納得の走りができたみたいで清々しい顔をしていた。1500mも出たい、と盛男さんに冗談を飛ばしてくるほど新藤は機嫌が良かった。

 久しぶりに見た新藤らしい笑顔だった。やっと新藤が元気になってくれた。新藤の笑顔が見れて嬉しかった。新藤が元気だと皆も元気になる。

 新藤と一緒に走った亮先輩と大志先輩と省吾は自己ベストを更新する良い走りをした。

 大志先輩は五位で省吾は六位。そして、亮先輩はなんと三位で新藤と表彰台に立った。

 出場した全員が入賞して、しかも四人とも六位以内に入れたので地区大会に出場できる。

 快挙だった。応援団はかなり湧いていた。

 午後の1500m予選、賢人は二位に入って決勝進出を決めた。

 賢人の調子も良かった。間違いなく新藤効果だった。

 翌日の決勝で、賢人は五位の大健闘の走りを見せた。賢人も地区大会に出場できる事になった。

 皆と同様に晴れ晴れとしている賢人を見て、嬉しい気持ちと交じって、悔しい気持ちが沸々と湧いていた。

 疎外感を感じてしまった。

 僕だけだ。皆は次のステップに上がったのに、僕はこの舞台に上がれてもいない。

 休部をしていたから自業自得なのは分かる。けど、僕だけが明らかに置いていかれている。そんな気持ちもあって、素直に皆の活躍を喜べなかった。

 肩を叩かれた。

 盛男さんだった。

「お前も確実に成長している。焦るなよ。今回はたまたま出られなかったけど、ほんの少しの差だ。次に向けてまたしっかり練習しような」

 盛男さんにしっかりと頷いて見せた。

 そうだ。今は落ち込んでいる場合じゃない。まだ次があるし、これからも先にチャンスはまだまだある。出られてない者は次に向けて上を目指すしかない。

 次は駅伝がある。リベンジの大会だ。皆の足を引っ張るわけにはいかない。またあの時の二の舞にならないように、いや、雪辱を晴らす為に、絶対に、悔いだけは残さない。絶対に走り切ってやる。


 僕は強い決意を胸に練習に身を入れた。


            つづき

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https://note.com/takigawasei/n/nf1410f454738


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