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【大人の流儀 伊集院 静 心に響く言葉】 第96回


訃報

2023年11月24日夜に伊集院静氏が亡くなりました。73歳でした。
ご冥福をお祈りいたします。

非常に残念です。「大人の流儀」をもっと長い間拝読したかった……。





大人の流儀

 伊集院 静氏の『大人の流儀』から心に響く言葉をご紹介します。私は現在『大人の流儀』1~10巻を持っています。このうちの第1巻から心に響く言葉を毎回3件ずつご紹介していこうと考えています。全巻を同様に扱います。

 時には、厳しい言葉で私たちを叱咤激励することがあります。反発する気持ちをぐっと堪え、なぜ伊集院氏はこのように言ったのだろうか、と考えてみてください。しばらく考えたあとで、腑に落ちることが多いと感じるはずです。

『大人の流儀3 別れる力』をご紹介します。

 ご存知のように、伊集院氏は小説家(直木賞作家)で、さらに作詞家でもありますが、『大人の流儀』のような辛口エッセーも書いています。


大人の流儀 伊集院 静 心に響く言葉 第96回


第4章 本物の大人はこう考える


「道に倒れて泣く人がいる」から

伊集院 静の言葉 1 (285)

 私は生来、呑気な気質だが、そんな私でも、年を越せるだろうか、と思ったことは何度もある。それが皆普通だろう。
 三十数年前の年の瀬、一度、銀行に金を借りに行ったらまったく相手にされなかった。話もろくに聞こうとしなかった。以来、銀行と銀行家は私にとって、この連中は人間ではない、と思うことにした。
 いい例が同じ頃、私は父親から、生家を新しく建て直すから、長男のおまえが金を出すように、と言われた。こちらも家業を継がなかった負目があったので承諾した。
 勿論、金はなかったが、土地は父名義であり、それなりの広さもあったから、それを担保に金を借りることで父に納得して貰った。金融公庫だ、なんだかんだ寄せ集めたが、一番は銀行からの借入れだった。
 三十年近いローンだと倍近い金を銀行に持っていかれる。
__こんな利息でサラリーマンは家を買っているのか。
 正直、驚いた。
 契約の最後に、銀行が一枚の書類を出した。
「何ですか、これ?」
「生命保険に入っていただきます」
「額面いくらの生命保険だ?」
「×××万円です」
「ちょっと待て、それじゃ、土地は何のために担保に出したんだ」
「住宅ローンはそうなってるんです」
「馬鹿を言え。それならおまえたちには何のリスクがあるんだ。資本主義なら利益のためのリスクはあるだろう」
「はあ……、でも規則ですから」
「はあじゃねぇんだよ。俺の命をどうして差し出さにゃなんないんだ」
 側にいた母親に注意され、面倒になったのでサインし、家は建った。 

大人の流儀 3 別れる力 伊集院 静 


「道に倒れて泣く人がいる」から

伊集院 静の言葉 2 (286)

 その父が亡くなり、子供五人で財産を相続となった。
 私以外は皆女性ということもあり、私が金に頓着しない性格なので、その手続きに関った。母も見知らぬ借用書が出てきたり、あの娘は私と血縁関係だったのか、とか面白いのが出てきた。
__オヤジらしいな……。
 その折、三十年かけて私が払い続けた実家の建物の評価額というのが役所から出ていた。その数字を見て驚いた。二束三文である。税理士に言った。
「何だ、この値段は? 三十年苦労して、私はいったい何を払ってたんだ。払う端から金が消えていたということじゃないか。こんな馬鹿なことを住宅ローンを払ってる人間は皆やらされているのか。この国は間違っている。せめて孫何人かの学費になる価値は保つべきだろう」
 私はまだなんとか生きていけるからいいが、途中でローンを投げ出さざるをえなかった人たちの債務は悲劇的だろう。 

大人の流儀 3 別れる力 伊集院 静 

                             


「道に倒れて泣く人がいる」から

伊集院 静の言葉 3 (287)

 山本夏彦翁は、銀行家、人に非ず、というような文章を書いていた。まったく同感と、この三十年思っている。中小企業の貸し剝がしなど悲惨だろう。
__落着いて、落着いて……。
 年が越せるか、と大晦日まで心配した年もあったが、年が明けて、元旦の青空を見ると、
__ああなんとか越せたな。
 と思うのが常だった。
 以来、”過ぎてしまえば……”が、私の年末の心構えとなった。 

大人の流儀 3 別れる力 伊集院 静 


⭐出典元

『大人の流儀 3 別れる力』

2012年12月10日第1刷発行
講談社


表紙カバーに書かれている言葉です。

人は別れる。
そして本物の大人になる。


✒ 編集後記

『大人の流儀』は手元に1~10巻あります。今後も出版されることでしょう。出版されればまた入手します。

伊集院静氏は2020年1月にくも膜下出血で入院され大変心配されましたが、リハビリがうまくいき、その後退院し、執筆を再開しています。

伊集院氏は作家にして随筆家でもあるので、我々一般人とは異なり、物事を少し遠くから眺め、「物事の本質はここにあり」と見抜き、それに相応しい言葉を紡いでいます


🔷生命保険の強制加入と建物の価値がなくなる話が出てきますが、日本では銀行がリスクを負わないことと、土地にしか価値がないという現実があります。

中小企業の場合、借入れをする場合、担保となる土地以外に代表者の個人保証を求められます。万が一、借金を返済できなくなった時には、債務者は自己破産するしかないことがあります。時には自死する場合も。
敗者復活ができない仕組みです。

要は、銀行は人を見て融資するということができなくなっているのです。
大昔は、担保を確保するより、人を見て融資するということが行われたことがありました。

米国の場合、個人保証はつけません。すべてがそうだとは言えませんが、万が一融資先が破綻した場合は、融資した方が融資先を精査する能力がなかったということで決着するそうです。融資先も融資する側も互いにリスクを負うということです。

さらに言えば、日米の土地、建物の評価基準が異なります。

日本は土地にこそ価値があるという考え方で、上物(建物)にどんなに金をかけても年数が経つと価値がなくなります。つまり、土地だけの評価となります。ですから分譲マンションの価値は土地にはありません。

一方、米国では土地が広いので、もちろん場所にもよりますが、土地の価値はほとんどありません。建物に手を入れておくと高い価格で売れます。


 年が越せるか、と大晦日まで心配した年もあったが、年が明けて、元旦の青空を見ると、
__ああなんとか越せたな。
 と思うのが常だった。
 以来、”過ぎてしまえば……”が、私の年末の心構えとなった。


意味あいは違いますが、伊集院静氏は年を越せずに逝ってしまいました……。 とても残念です。

「大人の流儀」をさらに何年も続けて執筆してほしかった、と思っています。

今後も、「大人の流儀」に関する投稿を続けていきます。


(3,319文字)


🔶『大人の流儀3 別れる力』について『由美子のいなくなった夏 亡き最愛の妻への想い』の中で言及しています。

伊集院静と城山三郎
『別れる力 大人の流儀3』
私が伊集院静さんに興味を持ったのは、彼の先妻が女優の夏目雅子さんであったこともありますが、『いねむり先生』という題名の小説を読み、不思議な感覚を味わい、また『大人の流儀』という辛口のエッセーを読んだからです。 

由美子のいなくなった夏 亡き最愛の妻への想い p. 212 


夏目雅子さんのプロフィール



🔶伊集院静氏の言葉は、軽妙にして本質を見抜いたものです。随筆家としても小説家としても一流であることを示していると私は考えています。



<著者略歴 『大人の流儀』から>

1950年山口県防府市生まれ。72年立教大学文学部卒業。
91年『乳房』で第12回吉川英治文学新人賞、92年『受け月』で第107回直木賞、94年『機関車先生』で第7回柴田錬三郎賞、2002年『ごろごろ』で第36回吉川英治文学賞をそれぞれ受賞。
作詞家として『ギンギラギンにさりげなく』『愚か者』などを手がけている。




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大人の流儀 伊集院 静


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