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ウェールズ語の言語景観(公共機関編)

 ウェールズを初めて訪れる人が最初に目にするウェールズ語は多くの場合、交通標識になるだろう。裏を返せば、交通関連が重点的に二言語を使用していることにより、ウェール域内に足を踏み入れるやいなや、なんらかウェールズ語が目や耳に入るようになっている。
 例えば、高速道路であるM4を経由して、ロンドンからカーディフへ下ることを想定した場合、イングランドのブリストルを過ぎ、プリンスオブウェールズ橋を渡ると(日本で言うところの県境の標識と同様に)「Welcome to Wales」ならびに「Croeso i Gymru」と記載された国境を示す看板が目に入る。そして、そこから先の道路標識は全て英語とウェールズ語の二言語表記となる。例えば、(図※)に見られるように地名であれば、英語・ウェールズ語の順番でニューポートならば「Newport」「Casnewydd」、カーディフが「Cardiff」「Caerdydd」、といった具合に表記される*[1]。そして、この表記順は首都のカーディフを70㎞ほど走ったスウォンジーを過ぎるとウェールズ語、英語の順の表記に変わり始め、カマーゼンに入った頃にはウェールズ語、英語の順番[Coupland 2012]になっている。
 鉄道でも同様に、ウェールズ域内の駅では全てウェールズ語、英語の二言語表記であり、アナウンスも両言語で行われる。小規模ながらも国際空港であるカーディフ空港やフェリー乗り場であっても、これは同様である。
 
 交通標識に加え、古城や大聖堂、博物館や美術館といった観光地も積極的にウェールズ語が用いられている。展示物の解説(音声案内含む)や施設案内は大方、二言語表記である。私のような、外国人の外見であったとしても古城の入り口でパンフレットや音声ガイドの選択で「英語・ウェールズ語どちらにするか」という質問を受けることは稀ではない。反対に、フランス語やドイツ語、中国語といった外国語の案内の用意があまりない印象も受けるが、それだけウェールズ語での案内は充実している。

高速道路(下り)の二言語表記 [Google Mapsより]
https://www.google.com/maps/@51.5874599,-2.8140163,3a,75y,86.67h,86.27t/data=!3m6!1e1!3m4!1sNCOvTaqtw5Y2M31CYPNb3A!2e0!7i16384!8i8192?entry=ttu

*[1] なお、ロンドンなら「Llundain」ブリストルならば「Caerodor」というウェールズ語での呼称が存在しているが、上りの場合、イングランドの地名は英語のみの単表記となっている。

高速道路(上り)https://www.google.com/maps/@51.5874599,-2.8140163,3a,75y,86.67h,86.27t/data=!3m6!1e1!3m4!1sNCOvTaqtw5Y2M31CYPNb3A!2e0!7i16384!8i8192?entry=ttu

カリュー城 2023年4月11日撮影
カーディフ中央駅のプラットホーム 2023年8月22日撮影
カーディフ空港の外観 2023年9月14日撮影

 一般的に、標識や案内の二言語表記は、現地住民に向けたものと、来訪者に向けた情報とを併記したものであり、実用性の観点からそのようになっているのが大半である。例えば、左下の図のように現地言語に加えて、英語を外国語として併記するケースは、日本に限らず世界中で見られる。
 かたや、ウェールズにおける二言語表記ついて言えば、英語もウェールズ語も国語である。むしろウェールズ語話者の方がカーディフ市内では少数派であり、ウェールズ語話者自身は英語も母語レベルで支障なく運用できることを鑑みれば、実用性の観点からはウェールズ語を記載する必然性はない。
 ウェールズ語が記載されていることで、そこが単に英国内ということではなく、独自の文化と歴史を持ったウェールズであることを視覚的に示し、ひいてはウェールズ語が確かに生きている言語であることを内外にアピールする機能があると考えられる。

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