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学問の逆襲

 放送法の政治的公平性をめぐる首相官邸側と総務省側の安倍政権下のやり取りを記した文書は、「放送法の根幹」(=表現の自由の根幹)に関するものなので看過出来ず、議論しておきたい。

 朝日新聞令和5年3月8日付朝刊は、当時の安倍首相が報道機関に対してどう思っていたか詳しく報道しているので、長くなるが引用しておこう。こういった事はすぐ忘れ去られるので。


 総務省が認めた安倍政権下の行政文書は、A4で計約80枚に及ぶ。2015年3月5日付の「総理レクの結果について(放送番組の政治的公平について)」という文書には、総務省出身の山田真貴子首相秘書官が安倍晋三首相への政策説明の場で聞き取った発言が記されている。文書によると、その場には磯崎陽輔首相補佐官と今井尚哉首相秘書官が同席した。磯崎氏が総務省側に働きかけていた放送法の政治的公平性をめぐる解釈の追加について、山田、今井両氏が「メディアとの関係で官邸にプラスになる話ではない」などと、否定的な考えを示した。これに対し安倍氏は「現在の放送番組にはおかしいものもあり、 こうした現状は正すべき」「『JAPANデビュー』は明らかにおかしい」などと発言。日本の台湾統治などを扱ったNHKスペシャルを疑問視した。磯崎氏も、TBS系列で放送されている       「サンデーモーニング」について「コメンテーター全員が同じことを述べている等、明らかにおかしい」と発言した。


以上です。ここで議論の焦点になっている放送法第4条1項についてあたっておこう。

放送法第4条1項】放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たっては、次の各号の定めるところによらなければならない。

 1 公安及び善良な風俗を害しないこと

 2 政治的に公平であること

 3 報道は事実をまげないですること。

 4 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにする  こと

実はここで問題になっている論点は、平成7年度旧司法試験憲法第1問でも問われれている。それも紹介しておこう。

【平成7年度旧司法試験憲法第1問】

放送法は、放送番組の編集に当たって、「政治的に公平であること」、「意見の対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」、を要求している。新聞と対比しつつ、視聴者及び放送事業者のそれぞれの視点から、その憲法上の問題を論ぜよ。

 このような出題がされているのだから、司法試験管理委員会にも参画している日本弁護士連合会は、今回の事案について見解を発表すべきではないか?。(議院内閣制に対して、その暴走にブレーキをかける司法の役割ですよ!。)

 さて私は上記の司法試験の問題を、司法試験予備校のテキストで記憶していたのだが、不覚にもそのテキストをなくしてしまった。「模範解答」を知りたい読者は、各司法試験予備校が発行しているテキストに記載されていると思うので、本屋に向かわれたい。

 私が記憶している「模範解答」は、次のようなものである。

表現の自由という憲法上の要請(憲法21条)があるにも関わらず放送法が上記のような規定を設けている根拠は、新聞が媒体としている無尽蔵に使える紙と違って、電波の有限希少性にある。(電波は公共物で、その管理を政府に委託しているに過ぎないのです。言わんや電波は一政権の所有物ではないのですよ、安倍さん!。)それ故電波をどう使うかについて、放送法は留意を設けているのです。報道の自由は表現の自由を定めた憲法21条から導かれる。表現の自由はあらゆる人に平等に認められているが、個人が効果的にそのメッセージを社会に送る力には限界がある。社会に情報を発信する力は、現代に於いては少数のマスメディアに限定される傾向がある。このような状況下で憲法21条で認められている表現の自由を、マスメディアの表現活動と国民の知る権利に置き換える必要が生じた。言い換えれば、新聞のような印刷マスメディアが表現の自由を享有する根拠は、印刷マスメディアの表現活動が、国民の知る権利に奉仕し、その帰結として民主的政治過程の維持や受け手となる個人の自律的な生を支える基本的な情報の提供など、社会全体の利益を実現することにある。私達は好きな新聞を購読したり出版物を購入して、自分の血肉化すればよいのだ。

そして予備校の「模範回答」は続ける。

今日同じことが電波放送メディアにも言える。技術革新によって従来テレビメディアが使って来たVHF帯の電波に加えてUHF帯の電波もテレビ放送に使える様になってきた。技術革新によって利用できる電波帯域も更に拡大していくだろう。そうであるならば放送局は紙のメディアと同じく自社の番組編集方針に基づき放送すれば良く、視聴者は自分の好みの放送局の番組を見て自分の生を支える糧とすればよいのだ。放送法の「政治的に公平であること」、「意見が対立している問題については、出来るだけ多角的に論じること」という留保は、今日その役割を終えたと評価し得るので、その条文は縮小限定解釈するのが憲法に整合的な解釈といえる。

このような見解は、地上デジタル、BSデジタル、CSデジタル、CATV、YouTubeと言った多メディア環境に生きる私達にはより説得的だろう。そしてこの見解は学会で有力説である。読者はお気づきであろうが、安倍首相の、従来の放送局全体の番組で政治的バランスをとると言った放送法の運用方針を超えた、個々の番組でも政治的バランスを取れという見解とはベクトルの向きが逆である。安倍首相は学会の有力説についてどんな見解を存命中なら示すのだろうか?。先に引用した朝日新聞の引用記事から伺う限り、安倍首相の言っていることは、単なる子供のワガママとしか映らない。

 安倍首相に限らず最近浮足立った人を多く感じるので、自戒の意味も込めて私達の行動方針を確認しておこう。

憲法31条・適正手続】

何人も、法律の定める手続きによらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない。


もう少し、告白させてください。私は大学中退の精神障害者であり、「すみっコぐらし」のメンバーです。そのようなマージナルな「劣った人間」に、「学問の復権」を諭されるパラドックスを、読者の皆さんは噛みしめて頂きたいです。社会評論家の大宅壮一さんが喝破したように、まるで一億総白痴化ではありませんか?。

それでは皆さん、子どもたちのために「日本を諦めない」冷静な議論を始めようではありませんか!。m(_ _)m


参考文献  長谷部恭男 『憲法 第4版』 新世社


【追記】事件当時の総務大臣であった高市早苗さんの言動については余りにイタイので、論評しない。

【追記2】令和6年2月5日、市民グループ「テレビ輝け!市民ネットワーク」がテレビ朝日の持株会社の株を入手して、株主提案権を行使すると発表しました。権力に委縮しがちな電波メディアを、株主の立場から鼓舞し、電波の公共性を担保し国民の知る権利に資する試みと言えます。このニュースを伝える朝日新聞デジタルの記事はこちら

<参考>会社法第303条1項
株主は、取締役に対し、一定の事項(当該株主が議決権を行使することができる事項に限る。次項において同じ)を株主総会の目的とすることを請求することができる。

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