2019.10.07函館教育大韓国語授業資料「コミュニケーション」

外コミ韓国・朝鮮語の第1回目の授業です。この授業は毎回何かしらのディスカッションをすることになっています。「毎回」というのが一応前提になっているので、「ディスカッションが苦手」とか、「発表が苦手」とか、いろいろ心配になる人もいると思います。ただ、この授業では「苦手なことを強要する」ことはしません。このディスカッションはあくまで、「創作会話文」を書くため(または、その会話文を利用して口頭練習するため)にするのであって、ディスカッションの評価は、最終的に「創作会話文に反映されていると見なして」行います。しかし、ディスカッションや発表を通して得られる知見は、「よい創作会話文を作る」時に欠かせないものです。そして、苦手なことにどのように関わっていくかを学ぶことにも繋がるので、「コミュニケーション」を考える上で大事な要素でもあります。この授業の目標の一部である「コミュニケーションに関心を持ち、ことばのやりとりの様々な在り方について考える」、「複数人で積極的に連携しながら、課題を遂行することができる」を達成するためにも、ぜひ積極的にディスカッションに参加してください。

 今日は、第一回目なので、韓国語の具体的学びをする前のウォーミングアップとして、ディスカッションだけ行ってみましょう。今日は、「コミュニケーション(能力)」について考えます。

考えること

1.「コミュニケーション能力」とはどんな能力を指し示すのでしょうか?どういう人が「コミュニケーション能力がある」と判断できますか?

2.「音声言語以外のコミュニケーション」にはどのようなものがありますか?

考えるためのティップス

学習指導要領の外国語の項目には、小中高ともに「外国語によるコミュニケーションにおける見方・考え方を働かせ」という文言が出てきます。文部科学省の有識者会議の報告(コミュニ ケーション教育推進会議審議経過報告「子どもたちのコミュニケーション能力を育むために」平成23年 8月29日)において、「コミュニケーション能力」を「いろいろな価値観や背景をもつ人々による集団において、相互関係を深め、共感しながら、人間関係やチームワークを形成し、正解のない課題や経験したことのない問題について、対 話をして情報を共有し、自ら深く考え、相互に考えを伝え、深め合いつつ、合意形成・課題解決する能力」 と定義しています。

これだと「皆仲良く」「みんな違ってみんな良い」みたいな道徳教育的な話になってしまうので、もうちょっとアカデミックな定義を見てみましょう。人類学・社会言語学者のHymes(1972)[1]は、コミュニケーション能力を「社会文化的文脈に応じて、言語行為遂行の妥当性、発話の適切さや効果などを判定し、運用を可能する能力」としました。また、言語評価的観点からCanale&Swain(1980)[2]は、「文法的能力、社会言語能力、方略的能力で構成される」と定義した人もいます。この後にCanale(1983)[3]で「談話能力」を付け加えています。Bachman&Palmer(1996)[4]は、言語評価的観点から発展形として、「言語知識、知識体系(背景知識)、方略的能力から構成される」としました。また、Canale&SwainやBachman&Palmerの観点は「言語評価」であって、「言語指導的視点」が抜けているとして、Celce-Murcia(2007:45)[5]は、Canale(1983)を参考にしつつも、コミュニケーション能力は、「社会文化的能力、言語能力、談話能力、方略的能力、インターアクション能力、フォーミュラ能力で構成される」としました(もともとの考え方は、Celce-Murcia,Dornyei&Thurrel(1995)で、表されていましたが、2007年版では、アクション能力を削除してインターアクション能力とフォーミュラ能力を付け加えています)。Celce-Murcia(2007)を具体的に見ていくと[6]、

(1)  社会文化的能力―文化的背景知識、また文化的な言語の使用などを含むの能力。方言や地域性に関する知識。参加者の年齢、性別、地位、参加者間の関係性を踏まえ、目標言語の社会文化的規範に従って、適切なスタイルやジャンル、ポライトネス・ストラテジーが選択できる能力。Celce-Murciaによればこのような社会的文化的な側面に関わる言葉の使い方を誤るのは、単なる文法的な誤りよりも重大。

(2)  言語能力―語彙、音韻、形態素、文法を用いて文を産出する能力。Canale&Swainでは「文法能力」ものを「言語能力」として、形態や統語に関する知識だけでなく、音韻や語彙も含まれるということを明確に示した。

(3) 談話能力―単独の文だけでなく、ある状況において指示詞等を使い結束性のある文

章を作ったり、場面状況に応じて対話等で意味が繋がる一貫性のあるまとまりを作ったり理解したりする能力。

(4)  フォーミュラ能力―「おはようございます」などの慣用表現、コロケーション、慣用句、「~がない」などの語彙フレームを扱える能力。←外国語上級者でも難しい。

(5)  インターアクション能力―会話の開始、終結、話題の提示、転換、発話権の取得、維持、移譲のほか、会話に割り込む、ジェスチャーやあいづちなどを使うといった会話を進めるために必要な能力

 (6)  方略能力-学習ストラテジーやコミュニケーション・ストラテジーを指し、知識の

運用を統括するBachman&Palmerの定義とも、コミュニケーションに支障が起こった場合の補償ストラテジー(理解の確認や言い換え、説明の要請)というCanale&Swainの「方略的能力」を含みつつ、より効果的に新しい言語を学習するために、教材の整理方法や単語の記憶方法といった学習方略も含まれている

*  つまり、この授業で「創作会話文」を考える時は、(1)~(6)までのことを意識してほしいです。

今日のオススメ

 渡辺一史(2018)「なぜ人と人は支えあうのか」ちくま新書

看護・介護のノンフィクションルポ「こんな夜更けにバナナかよ」の著者による本。本作には、2016年7月に神奈川県相模原市で起きた、障害者殺害事件が紹介されています。事件後犯人は、「自分は心失者とそうでない障害者との線引きはできると思っています。判断の基準は意思疎通ができるかどうかです。例えば、自分の名前と住所を言えるかどうか、です」と述べたそうです[7]。私たちもどこかで「名前や住所を外国語で言えること」=意思疎通ができると判断していないでしょうか。コミュニケーションとは何か?人の尊厳とは何か?深く考える良い切っ掛けになると思います。


[1] Hymes,D.H.(1972.On communicative competence. In J.B.Pride,&J.Holmes(Eds.),Sociolinguistics(pp.269-293).Baltimore:Penguin Education,Penguin Books Ltd.

[2] Canale,M.,&Sewin,M.(1980).Theoretical bases of communicative approaches to second languae teaching and testing. Applied Linguistics,1(1),1-48.

[3] Canale,M.(1983).From Commnicative Competence to Communicative Language Pedagogy. In J.C.Richards&Schmidt.(eds.) Language and Communication. Lomgman.

[4] Bachman,L.F.,&Palmer,A.S.(1996).Language testing in practice:Designing and developing useful language tests. Oxford, UK:Oxford University Press.

[5] Celce-Murcia,M(2007).Rethinking of the role of communicative competence in language teaching. In E. A. Solar,&M.P.S.Jorda(Eds),Intercultural language use and language learning(pp.41-57).Dordrecht, Netherlands:Springer.

[6] 畑佐由紀子(2018:18-19)「日本語の習得を支援するカリキュラムの考え方」くろしお出版

村端 佳子(2017)「小学校英語における教室内コミュニケーション能力 の育成に関する提言-定型表現能力とインタラクシ ョン能力を中心として-」宮崎国際大学教育学部紀要教育科学論集4号p39-50を参考にしています。

[7]月間『創』編集部編「開けられたパンドラの箱」創出版

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