2019.10.28函館教育大韓国語授業資料「年齢」

人が話をするとき、「民族性、年齢、ジェンダー、社会的背景といったその人のアイデンティティー」がその人の話し方のスタイルに反映されます。また、話し方のスタイルでそれらのアイデンティティーを表現しようとしたりします。そして、聞き手に対してことばを合わせたり近づけたりするわけです。 聞き手に対する敬語の構造においては、家族・親族以外の場合、韓国は年齢差をより重視し、日本は社会的役割や親疎関係をより重視するといわれています。あまり親しくなくても、とりあえず同い年や年下なら、「タメ口」で話したほうが楽という気持ちは日本よりも強いので、比較的早い段階で歳を聞きあったりします(日本だとあまり親しくなりたくない人とは、年齢を聞き合わないで、丁寧な口調で無難に過ごすと思います)。それが、次回見る映画(建築学概論)にも反映されているわけですが、男の子がなかなかタメ口にできないというやりとりを盛り込んで、主人公の男の子は「奥手だ」(女の子のほうが大人)という印象付けをしているのです。

ただ、「どのようなスタイルで話せばいいのか」というのは、「話し相手との関係やその場の状況になってみないとわからない」もので、韓国人でさえ戸惑うということはよくあります。ですから、私たち日本語母語話者が、いくら教室で、「Aさんは先輩の役で、Bさんは後輩の役をしてください」みたいな擬似的練習をしても、実際に韓国語でやりとりするとなると難しいことは多々あります。しかしながら、練習をして損はしないと思いますので、日本語母語話者同士であっても、先輩後輩に分かれて、言葉遣いの練習をしてみることは大切です。

さて、話が長くなりましたが、もう一つ、韓国人でも話し方のスタイルで困ることはあるよという一例を紹介したいと思います。韓国では普通学年が一緒だと「タメ口」で話します。だけど、社会に出ると、「○○さんって何年生?」みたいな聞き方はせずに、「失礼ですが、お年は?」という質問に切り替わります。だけど、同じ歳でも早生まれ(빠른 년생:韓国は3月入学2月卒業なので、1、2月生まれが早生まれ)の人というのがいますよね。歳だけ知っていても、時間がかなりたった後で、「あれ、同じ歳だけど、一学年上だったの?」ということは社会人になるとよくあるようです。そして、「うゎー、そしたら、先輩じゃんこの人。今までタメ口で話してたけど、これからどうしようかなー。タメ口のままでいいのかなー。」みたいに、後輩を混乱させるわけですが、この混乱させる人(早生まれだということが後で発覚し、関係性を混乱させる側)を新造語で「족보 브레이커」といいます。早生まれの人は別に悪気があって、「족보 브레이커」になるわけではないのですが、早生まれの人は時々煙たがられる存在になるようです。

日本の場合は、あまりこのようなことが起こらない気もするのですが、(親疎の関係でタメ口にするかを決めるところがあるので)韓国では「社会人生活では、なぜ早生まれを発見しにくいか」というの含めて今回は考えて見ましょう。ヒントは、「韓国の年齢の数え方」と、「韓国語の歳の尋ね方」にあると思います。

考えること

 1.韓国での年齢の言い方、尋ねる方法にどんなものがありますか?

2.족보 브레이커を生み出してしまう韓国の社会構造

3.年齢によって待遇表現はどう変わりますか?

  変数:聞き手、読み手、話題に上がる主体(誰が誰に向っていかなる場所で語るか)

講師の今日のオススメ(名前にまつわる物語)

 최은영(2018)「ミカエラ(短編集『ショウコの微笑』に収録された短編)」

조남주(2018)「82年生まれ、キム・ジヨン」

2019年は巷で「韓国文学ブーム」が起こっていました。文芸誌「文藝2019秋季号」では「韓国・フェミニズム・日本」という特集が組まれ、NHKなどでも何度かにわたり、조남주の小説が紹介されました。조남주の「82年生まれ~」は、「韓国社会における抑圧された女性差別」に焦点を当てた小説で、主人公「ジヨン」は、82年生まれの女性に一番多い名前だそうです。

조남주は、「ジヨンに起こったことは誰にでも起こることで、ジヨンはあなたの話でもある」というメッセージを意図的に名前に込めています。実際この小説を読んだ多くの女性が「ジヨンは自分だと思った」という感想を持っているようです。日本における2019年の韓国文学ブームは、このジヨンによって起こされたといってもいいほどで、韓国によく似た社会構造をもつ日本の女性の心を揺さぶりました。韓国フェミニスト文学としてほかにも、「ヒョンナムオッパへ」という複数の作家による短編集があり、これも面白いです(ヒョンナム~はぜひ大学生に読んでほしいです)。최은영の「ミカエラ」は2014年に多くの犠牲者を出したセウォル号沈没事故にまつわる小説です。著者は、事故直後の報道で、犠牲者の中に、「私と同じ名前、友達と同じ名前、家族と同じ名前」を見つけた人も多いだろうと述べます。「ミカエラ(カトリックの女性の洗礼名に多い)」という名前を通して、犠牲者やその遺族の思いを自分ごとと捉えられるようにとタイトルがつけられました。2冊とも原書がありますので、借りたい人は武村までお願いします。


 岩田祐子(2013:129),「言語の状況差、適切さ(スタイルとレジスター)」,岩田祐子・重光由加・村田泰美共著『概説社会言語学』,pp.119-130,ひつじ書房

 洪珉杓(2007:89),「第七節:敬語意識の日韓比較」,『日韓の言語文化の理解』,風間書房

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