見出し画像

小説・強制天職エージェント⑬

|  ◁前  目次  次▷

Ⅴ.水島と八重子

人材派遣会社の社員として、これまであらゆる業界の人間と仕事をしてきたので、コミュニケーション能力は高いと水島は自負していた。時には、取引先に人事に関するアドバイスを求められることもあり、鋭い指摘に感謝されることもしばしばだ。だから、八重子の転職先にコンサルタントとして出入りすることは抵抗はなかった。

ただし、真の目的は八重子の転職を成功させること。
動向を見守り、場合によっては彼女の上司──つまり社長に進言する。八重子に怪しまれないように、うまく任務を遂行しなければならない。
当たり前だが、こんな仕事は初めてだ。まるでスパイだな。いや、まるでどころか、そのものじゃないか。不安も大きかったが、同時に高揚感も覚えていた。

ついでに、今まで小早川に指示されてばかりだったのが、やっと自発的に行動できそうだ。そう、上から言われた通りやるのはオレの性分じゃない。こうなったら、小早川の期待以上の成果を上げて、ぎゃふんと言わせてやる。水島は意気込んだ。


潜入初日。

会社に着くと、応接室へと通され、間もなく社長の山田幸利が入ってきた。50代前半の2代目。創設者である父親よりも経営手腕に長けていて、人間的にも成熟していて魅力ある人物ともっぱらの評判だ。

「今日からしばらくの間、お世話になります。水島と申します。どうぞ宜しくお願いします」

「小早川君から聞いているよ。彼、おもしろいことを始めたらしいね。新しく来た瀬戸さんだっけ。研究職だった人を秘書に雇うのは、私としても冒険だったが、小早川君がぜひというのでね。まあ、大きな期待もしていないが、お互いにとっていい仕事ができればと思っているよ。サポートの方、頼むよ」

「はい。もちろんです」

今回の主旨について、山田は小早川から聞かされて知っている。しかも、コンサルはカモフラージュという前提を承知の上で、水島を入れてくれるというのだから、よほど信頼されているらしい。

こんな人脈があったとはな。

日頃の小早川は無愛想で憎たらしい態度だが、仕事では人たらしという話は一緒に働いていた頃から頃からよく知っていた。悔しいが、その器用さは尊敬する。

「あと、君はあのオーエンの中でも特に優秀だと聞いたよ。コンサルというのが建前ということは分かっているが、君の得意分野である人材関係で改善案があれば、ぜひ聞かせてくれ」

「承知しました」
満面の笑みで水島はいった。

|  ◁前  目次  次▷



自作小説一覧はこちら

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?