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小説・強制天職エージェント⑭

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応接室から出て、各部署にあいさつに回り、最後に社長の席へと戻った。すぐ斜め前が八重子の席だ。八重子はパソコンで何か資料をチェックしていた。

山田は八重子の隣まで来ると「こちらが秘書の瀬戸さんだ」と紹介した。

「あっ」
名前を呼ばれるまでパソコン画面に集中していた八重子は、はっとなってすぐに立ち上がり、かしこまって礼をした。
「瀬戸八重子と申します。どうぞよろしくお願いします」

八重子と面と向かって話すのは初めてだった。事務所でも、探偵まがいの事をしていた時も見ていたはずなのだが、仕事の緊張感もあって、見た目に気を取られる暇はなかった。

しかし、良く見ると普通に可愛らしい子じゃないか。ピンクのニットにワイドパンツといった服装も良く似合っている。前の会社の時はどんな格好だったっけ? もっと地味だったような気がするのだが……。環境や職種でここまで印象が変わるものなのか。言葉の持つイメージもあるかもしれない。研究者から秘書というのはけっこうな大胆な転身だしな。

「初めまして。人材コンサルタントの水島です。今日からしばらく、こちらに出入りすることになりますので、どうぞよろしく。瀬戸さんも3日前から出社しているそうですね。聞くところによると、前職では研究をしていたとか。畑違いの仕事で不安もあるでしょうから、何かあれば気軽に相談してくださいね」

「ありがとうございます」
新しい職場で気が張りっぱなしだった八重子は、好意的な言葉がうれしかったらしく、控え目に頬を緩ませた。

へえ、この子、こんな表情をするんだな。水島も形式的ではない笑顔を見せた。


水島は八重子の後方の席を与えてもらい、まずは仕事ぶりを見ることにした。

八重子の仕事は、朝一番の花瓶の水替えから始まって、山田あての電話対応、来客対応、書類作成、社長のスケジュール管理。その他にもたくさんあった。大手であれば、複数人がいて業務担当が明確に分けられているが、ここではそうはいかない。山田の昼食の手配、時には一緒に外に食べに行くこともある。社内報の記事も書くし、営業の報告資料を見やすくしてほしいからと、数字だらけの資料を作り直す、なんてこともしている。

その合間に、社長の雑談にもつきあっている。もと研究職だったということで、専門的な話はお手のもの。社長は大手企業の現場に興味があるらしく、しょっちゅう八重子に前の職場の話を聞いていた。

人によっては、仕事の手が止まってしまうし、うっとおしく感じそうなものだが、八重子は快く、そして手を休めることもなく返事をしていた。話の引出しも多く、知性を感じさせる。この会社の秘書業務の幅の広さにも驚いたが、それについていく八重子も大したものだ。

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