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小説・強制天職エージェント㉕

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Ⅷ.思惑

「久しぶり」
オーエン近くの居酒屋に呼び出された水島は、小早川の姿を見つけた。

八重子が仕事を継続することは、メールで簡単に報告しただけだった。気まずくて会う気がせず、小早川も放っておいてくれた。しばらくしたある日、近くに来たから一杯どうかと小早川に誘われ出てきたのだった。

「生中とウイスキー水割りで」
店員に注文する小早川。どこに行っても水島はビール、小早川はウイスキーしか飲まないのは、もはや2人には常識だった。

「報告にも行かずに、悪かった」

「いいよ」

「遅くなったけど、仕事、うまくいって良かった」

「ああ、瀬戸さんね。うん、良かった。君のおかげだよ」

「なんだよ。嫌味か?」
水島は自嘲した。

「いや、心から言ってるよ」
小早川の言葉に、嘘つけ、と水島は思った。

「それにしても、彼女、辞めると思ったんだけどなあ。仕事の失敗が続いて、それに耐えられる性格でもなさそうだと踏んでたんだが」

「以前の彼女なら、そうだったかもね」

「なぜ?」

「彼女は昔から、精神的に弱い部分があった。両親の顔色をうかがいながら将来の道を選び、せっかく掴んだ大企業の研究職だって楽しんでいなかった。そして、ごくつまらない人間関係に振り回された。でもそれは、多少の心の揺れなんか気にならないくらい夢中になれること、楽しめることがなかったからだよ。あとは、人に弱みを見せられない完璧主義の性格とね」

「なるほど」

「だから、今回はその2つを克服する方法がポイントだった。1つは以前も言ったけど、彼女の得意なサポート業務である秘書という仕事を選んだことだ。もう1つは――」
小早川は言いよどんだ。

「もう1つって、性格のことか? お前はそれも対処済だった――、ということは」
ここまで言ってみたものの、水島は検討もつかなかった。

「君だよ」

「オレ?」

「彼女の相談相手になってくれただろう?」

「ああ。仕事上、当たり前のことをしただけだが」
ああそうだ、小早川にまだ言っていなかったことがあった、と水島は付け加えた。

「そういえば、彼女と付き合うことになった。彼女にはまだ言っていないが、ゆくゆくは結婚したいと思っている」

「そうか。付き合ったのか」
さらりと流す小早川。

「これも想定内か?」
水島は冗談のつもりだったが、小早川は何も言わなかった。
「ちょっと待て。……そうなのか?」

「彼女の場合、ただの仕事だけの関係じゃ、だめだった。その程度じゃ、さらけださないだろうな」

「オレが彼女に惚れて、告白して付き合うことが予定通りだった、っていうのか?」
じわじわと怒りが込み上げてきた。

「そこまで計算していた訳じゃない。そうなれば最高だと」

「ふざけるな」怒鳴り声が店内に響いた。「バカにしてるのか」

「バカになんてしてないよ。まあ、怒るなよ」
ここが居酒屋じゃなかったら殴ってたぞ、と思いながら、水島はビールを飲み干し、店員を呼んだ。「おかわり、ください」飲んで気を紛らわせるしかない。

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