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記号化する人間たち

ドラマ「元彼の遺言状」の感想。中身が面白いかどうかよりも、人間ドラマではなく、”記号が流れていく映像”のように感じたのでそのことを書きます。

”お約束”で構成されている

大泉洋はギリギリ人間のような雰囲気もあるが、あとはAIのようだ。綾瀬はるかとか関水渚とか、これまでのドラマや映画の演技とはまるで別人であるところを見ると、ドラマをつくるのは俳優たちじゃないんだなあとつくづく思う。

まず登場人物のキャラをかなりデフォルメしてる。綾瀬はるかは「性格のキツイ、お金で動く女」、大泉洋は「人間味あふれる優しい男」、関水渚は「意外と単純でかわいいところがある生意気な小娘」みたいな。それで、その枠からはみ出ない行動とセリフによって人物像が構成されている。

次に動きがカクカクしている。「カクカク」っていうのはロボットのような動きという意味ではなく、あまりに無駄がなさすぎて遊びがない。「このセリフを言ったら立つ・座る」みたいに、動きがフローチャートのように決められていて、人間なのに効率が良すぎる。

シーンの設定も分かりやすい。「この性格の設定ならこういう動きをするだろう」という今までドラマや映画などで必ず一度は見たことのある”お約束”シーンをぴったりと当てはめてくる。

お約束シーンの例

例えば「探偵が似合ってる」と言われて喜ぶ関水渚の表情をアップでとらえるシーン。部屋で1人になった関水渚が、綾瀬はるかと大泉洋から個別に「探偵に合ってる」「頼りになる」みたいな、いかにもここに繋げるために撮ったようなシーンを回想し、独り言で憎まれ口をたたきながらうれしそうな顔がアップになる。

「”かわいげのない子だけど、意外と単純で素直”みたいな関水渚の設定をここで入れます」って尺と一緒に決められてたところに当てはめてできたシーンなのかなという印象を受けた。

また、仲良し夫婦を装って犯人のところへ行き、ずっと手をつないでいた綾瀬はるかと大泉洋が店を出るや否や手をふりほどくシーンも、絶対このシーンが来ると想像できた。

間がない人は人間じゃない

このドラマに限らず、2つともありがちなシーンではあるが、別のドラマでは特に違和感を覚えたことがなかったのになぜ今回は気になったのだろう?
それはたぶん「流れ」とか「間」がないのだ。人間が生きている中で、シーンはぶつ切りになることはないのに、ドラマはブッツブツに切れてる。よくわかんないけど「曲線」が感じられない。全てが切れ味の良いナイフでスパーンと切られた直線そして無機質なので、まるで安藤忠雄の建築のようだ。人間は曲線があって雑味えぐみがあるもの。だからこそ愛しいものだと思うんだけど。

舞台ならまだ分かるけど、舞台にだって間はある。それをなくしてしまうとこんなにもおかしくなるものなのか、ということがこのドラマで判明した。人と人に間があるから人間というのは本当にことば通りで、間をなくしたら人間のように見せかけた別のものになる。

仕組みはバイトのオペレーション?

わたしは素人なので想像でしかないけれど、分業制でつくっていたらこういうドラマになりそうだと思った。複雑な人間を描くのに、あまりたくさんの人が分業してキャラが変わったら困るけれど、デフォルメした人物像やシーンなどルールを決めていれば、人が変わっても一貫性を保てる。短期間で人が入れ替わってもオペレーションが統一されているから問題なく回る、大手飲食チェーンのバイトみたいだ、と。

記号が記号を表現する映像

豪華俳優陣も記号の1つ。綾瀬はるかと大泉洋がダブル主演だなんておもしろいに決まってる。本屋大賞をとった原作も超超超話題。それだけでチャンネルを回してしまう。キャラの濃い登場人物や事件ものというのもおもしろい記号の1つだし、お決まりのセリフにシーン――すべてのポイントを押さえている。

なのに、何も残らないという不思議。

ドラマで最も見たい「人の心」が抜け落ちている。これは、物語を追うための材料に高級な記号の人間を使い、分かりやすい記号で構成された映像だった。

今回のラストシーンも殺そうとした人間と殺されかけた人間が、一緒にご飯を食べるのを背後から写したシーンは人間の悲しさややりきれなさを表現したのだろう。それも「ああ、そういうことを表現したシーンなのね」と妙に冷めた目で見てしまった。今回はそういう記号を使ったのね、と。

その直前、4人が円卓に座ってカメラがグルグル回り続けるシーンでは、カメラの回る速度が早すぎて気持ち悪くなったのと、まったく動かない4人があまりに無機質で「数年以内にドラマはAIとグラフィックに取って代わるのかもしれない」と思った。いや、わたしが気づいていないだけで、すでにドラマの中にはもうそうなっているのがあるのかもしれない。

しかし来週も見るだろう。
正確に言うと、PCに向かい記号を操作しながら、耳でこの記号を聞くだろう。わたしもまた記号に馴染んでいる人間だったりするのだ。

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