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小説・強制天職エージェント⑪

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Ⅳ.決定

さらに約1週間が経とうとしていた。

小早川から次の指示もないので、水島はダラダラと過ごしていた。たまにクライミングに行って唯と話し、八重子の人柄はなんとなくつかめて来ていたものの、特に進展もなく飽きてきたころに、連絡が来たので、事務所に向かった。

「なんか分かったか」
どうせ小早川も何もなかっただろう、と水島は期待していなかった。

「いや。今日は報告じゃなくて、彼女の面談の日だ。転職先を決めたよ」

「え?」
あまりの急展開に水島は言葉を失った。
「いつの間に? どういうこと?」
矢継ぎ早に問いかける水島だったが、小早川は手元の資料を目で追うのに必死で、聞いていないようだった。
「おい、小早川──」
再度、聞こうとすると、ブザーが鳴った。

「瀬戸さんだ。水島、隣の部屋へ。早く」
水島は追い出されてしまった。


恐る恐る、といった感じで、八重子は事務所へと入った。一体、何を言われるんだろう、と不安と期待が入り混じっているようだった。

「瀬戸さん。お仕事が決まりました」

「は、はい。なんでしょうか」
八重子は、膝の上で握った手に力を込めた。

「転職先は、化学メーカーの秘書です」

「はっ?」
八重子と、隣室にいた水島は同時に声を出し、水島は慌てて口を押えた。前回の反省を踏まえて、今日は事務所にBGMを流していて良かった。水島の声はうまい具合にかき消されていた。

しかし心配は無用だった。八重子は水島の声など聞こえていようがいまいが関係なく、目を見開いて放心しているようだった。

「秘書、ですか?」
八重子が聞き返す様子を、モニター越しに見ながら
「そうだよ、なんで秘書だよ」
と水島も小さな声でいった。

「そうです。転職先の会社は、今のところと比べると規模はかなり小さく、従業員150人程度です。秘書はあなた1人。ちょうど欠員が出たので補充ということです。
初めての職種なので不安でしょうが、仕事内容は今に比べるとずっと簡単ですし、給料も悪くない。製品も高品質と評判で、海外含めてシェアも高い。なかなか、いい会社です」
小早川は優しくいった。

「そこの会社はよく知っています。いい仕事をしているところだとは思います。でも、どうしてまた……。前回と同じ職種を希望と言ったはずですが」
八重子は少しイライラしているようだった。そりゃそうなるよな、と水島は同調した。

「はい。それは承知の上です。ご希望の職種──つまり研究職を探すことも、もちろん可能でした。ただ、それを選ぶと同じことの繰り返しになりませんか? いずれまた、辞めたくなりませんか?」

 水島には、小早川のセリフの意図がつかめなかった。なぜそこまではっきり言えるんだ、と思いながら八重子を見ると、目を伏せて唇を結んでいた。痛いところをつかれた、ということだろうか?

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