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国家の防衛を考えれば、国土の面積は中規模がよいと主張したモンテスキュー

世界で最も大きな領土を有する国家はロシアであり、2位以下はカナダ、アメリカ、中国、ブラジルと続きます。しかし、こんな領土面積のランキングを知ったところで、雑学程度の価値しかないと思われる方もいるかもしれません。

しかし、政治学の長い歴史においては、この領土の広さが政治情勢に与える影響を真剣に考察した人物が何人か存在します。18世紀に活躍したフランスの思想家シャルル・ド・モンテスキュー(1689~1755)もその一人であり、その功績で彼は政治地理学の先駆者として位置づけられることもあるほどです。

今回は、モンテスキューが戦争状態に置かれた国家の存亡を考える上で、領土の面積が重要な意味を持つことを指摘した議論を紹介してみたいと思います。以下では彼の古典的著作『法の精神』(1748)を参照します。

国防のためには、領土にある程度の広さが求められる

モンテスキューの政治学の特徴は、地理的な要因をいつも考慮に入れながら議論を進めているところです。『法の精神』はタイトルの通り法律を研究の対象としているのですが、モンテスキューの狙いは自然環境、社会状況によって法律のあり方が強く規定されていることを明らかにすることにありました。

このような視点に依拠しているため、モンテスキューは国家のあり方を考える際にも、絶えず自然環境との関係を考慮しています。そして、国家が存続するためには、その領土の面積がある程度の広さを持つことが必要であるのではないかと次のように考えました。

「ある国家が強力であるためには、誰かがその国家に対してなんらかの攻撃をなしうる行動の速さと、その攻撃を失敗させるためにその国家が発揮しうる迅速さとの間に、ある釣り合いがとれるほどの大きさがなければならない」(上巻、257頁)

引用した訳文は少し分かりにくい表現かもしれませんが、ここでモンテスキューが主張していることは、まず国家が勢力を保持するために、他国の勢力に対して対抗することが可能でなければならないということです。

そして、敵国の侵略に対する防衛を成功させるためには、領土にある程度の面積がなければならないと考えられています。その面積は具体的にどの程度の広さかと言えば、敵軍が自国の領土を完全に攻略し、占領する前に、自軍で有効な反撃を加えることが可能な程度の広さです。

領土は小さすぎても、大きすぎても望ましくない

モンテスキューの見解によれば、小規模な領土しか持たない都市国家のような国は、開戦と同時に領土の全部を喪失する危険があり、国防上不利な立場にあります。

モンテスキューは国家が防衛のために必要な領土の広さはその移動手段によって左右されると考えており、中規模な領土を持つ国家が望ましいと主張しました。

「攻撃者は直ちにいたるところに現れるかもしれないので、防衛者もまたいたるところに出現しえなければならない。したがって、人間がある地点から他の地点に移動する際に自然によって与えられた速さの程度に見合うように、国家の広さは中くらいのものでなければならない」(同上、257頁)

国土があまりにも広いと、平時の国境警備のために軍隊を分散して配備する必要がありますが、これは戦時における戦力の集中を妨げる要因になると指摘されています。

「ペルシアのような広大な国家が攻撃される場合には、分散している軍隊が集結しうるには数ヵ月かかる。2週間ですむような行軍を、それほど長期にわたって軍隊に強いるわけにはいかない。国境にある軍隊は、敗れれば必ず四散する。なぜなら、その帰営地が近くないからである。勝ち誇る敵軍は抵抗を受けることなく、強行軍で首都に迫り、これを包囲する。諸州の総督が救援を送るように通告を受けることができるのは、この時になってからである」(同上、258頁)

古代のペルシア帝国のように広大な領土と多数の住民を支配していれば、戦時に動員することが可能な軍隊の規模もそれに応じて大きくなりますが、モンテスキューは必要な時機に必要な場所で敵軍に対する軍事的優勢を確保できなければ、戦略的な優位に繋がらないことを認識していました。

むすびにかえて

したがって、小さすぎるのでもなく、大きすぎるのでもない、中くらいの領土こそが国防において望ましいという結論になります。

その具体的な事例として、モンテスキューはフランスとスペイン(イスパニア)の領土が絶好の広さであると述べています。これらの国々は、国防に適した面積の領土を持っていると見なされています。

「フランスとイスパニアとは、まさしくその要請にあった大きさである。その部隊はたがいによく連絡がとれるので、直ちに望む所に赴き、軍隊が結集して、速やかに国境から国境へと移動する。両国では、実行するのにいくから時間のかかる、いかなる事柄についても、誰も懸念しないのである」(同上、257頁)

さらにモンテスキューは「共和国は、小さければ外国の力によって滅び、大きければ内部の欠陥によって滅びる」とも『法の精神』で書き残しています。

領土の面積だけで国防の問題を語り尽くせるわけではないので、その点には注意すべきですが、モンテスキューが重要な論点の一つを提示していることは確かであり、その後の政治地理学的議論の萌芽を認めることができるでしょう。

©武内和人(Twitterアカウント

参考文献

モンテスキュー『法の精神』野田良之ほか訳、全3巻、岩波書店、1989年

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