マガジンのカバー画像

戦術を学ぶ

83
戦術に関する記事だけをまとめています。
運営しているクリエイター

記事一覧

日中戦争で中国が仕掛けた交通基盤の破壊工作にどのような効果があったか?

日中戦争(1937~1945)で中国共産党を率いた毛沢東は、日本軍の脅威に対して遊撃戦として知ら…

メモ 訓練と経験が部隊の戦闘力に及ぼす影響:ラ・エ・デュ・ピュイの戦闘(1944)

1944年7月3日、北フランスのノルマンディー地方に上陸し、内陸方面に向かって前進を開始したア…

メモ 米軍のナショナル・トレーニング・センターで明らかにされた偵察の重要性

ベトナム戦争の経験を踏まえ、1970年代後半からアメリカ陸軍はさまざまな組織改革に乗り出しま…

論文紹介 80年代に砲兵戦術における無人航空機の可能性を予見しようとした研究

戦闘情報(combat intelligence)は、射撃、または移動を決心するため、何らかの処理や判読、…

殺戮や破壊ではなく、精神的な衝撃の軍事的な重要性を強調したThe Human Face of War(…

イギリス陸軍軍人ジム・ストー(Jim Storr)は戦闘における奇襲の意義を改めて確認し、その効…

論文紹介 19世紀の長い平和の後で英国海軍の戦術能力が大きく低下した理由

イギリス海軍はナポレオン戦争(1804~1815)を通じて数多くの戦闘に参加し、その能力の限界に…

メモ 機甲師団はどのような編成で運用されるべきなのか?

1955年に主権を回復し、再軍備を開始した西ドイツは、北大西洋条約機構(NATO)の一員としてソ連に対抗する方法を模索し始めましたが、そのときの重要な検討課題の一つが機甲部隊の編成と運用でした。1959年に北部のニーダーザクセン州リューネブルクで実施された実験演習で、NATO方式に基づく戦車旅団で機械化歩兵旅団を攻撃する状況が想定されたのも、機甲戦の運用研究のためでした。 第二次世界大戦(1939~1945)でドイツの軍人として戦い、戦後は機甲戦に関する著述を残したヘルマン

第四次中東戦争を通じて米海軍が見直した空母機動部隊の戦術運用

1941年から1945年まで続いた太平洋戦争を通じて、アメリカ海軍は空母を中心に編成された機動部…

メモ フォークランド紛争の事例で考える対潜戦の重要性

1982年3月、アルゼンチンが南大西洋のフォークランド諸島を攻撃し、軍事占領に成功しました(…

情報技術の視点で20世紀の海軍史を捉え直すNetwork-centric Warfare(2009)の紹介

ネットワーク中心の戦い(network-centric warfare)とは、遠く離れた離れた部隊を広域的な通…

論文紹介 機甲戦の将来を大胆に予想したフラーの理論の意義と限界

イギリスの陸軍軍人ジョン・フレデリック・チャールズ・フラーは第一次世界大戦(1914~1918)…

100

論文紹介 第一次世界大戦が始まる前に以前の戦術を刷新できなかったのか?

第一次世界大戦(1914~1918)に参戦した国々は、いずれも戦闘で多数の損害を出しましたが、そ…

メモ 技術が戦闘に与える影響を適切に分析することの重要性

以前、プロイセン陸軍の参謀総長を務めたヘルムート・フォン・モルトケが、19世紀の火器の性能…

戦力組成(Order of Battle)とは何か?

ある国家の軍隊が戦闘力を組織化し、運用するために採用する部隊の編組や配置、部隊を構成する人員や装備、部隊間の関係を規律する指揮組織、後方支援能力などを総合したものを戦力組成(Order of Battle, OB)といいます。ちなみに、旧日本陸軍では戦闘序列と呼び、陸上自衛隊では勢力組成と呼びますが、ここでは戦力組成という用語で表記を統一します。 軍事学の歴史において、いち早く戦力組成に理論的な分析を加えたのは、カール・フォン・クラウゼヴィッツでした。彼は戦力組成は部隊の区