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【松露饅頭のジレンマ】

私はこう見えて(どう見えて?)
大原松露饅頭好きだ。
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あの平和的な丸いフォルム、ほろ甘いあんこ、粉雪のような食感。
ガワが薄いのも好感が持てる。箱の包み紙の和紙感もいい。
名前も由緒正しい感じがする。子ども心に、大原も、松露も、意味が分からず、手の届かない、そこはかとなく気高い感じが良かった。
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現に、ちょっと高級なので、子どもの頃から、自宅で食することは、ほぼなかった。
ごくたまに他人の家で出てきたときの非日常感。
あのあんこは「口の中の水分奪われる」と評価する人もいる。
でも僕にとってはあのパサっとした感じがまた、こちらにおもねて来ない気高さを感じて好きなのだ。
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そんなことだから、大人になって、最近、手土産に松露饅頭をチョイスすることが多い。
気兼ねなく松露饅頭を買える歳になった。なんか、誇らしげだ。
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そしてまた、渡した相手の評判が良いのだ。
「これ、大好物なんですよー」
「わあ、懐かしい」
打率8割はいく。
松露饅頭人気に、ほっと胸を撫で下ろす。
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手土産に持っていくとき、僕は、便宜上、駅の中の決まった店で買うことにしている。
「これ3箱!」
割と細かく個数と値段が刻んである箱詰めを注意深く選んで、意気揚々と電車に乗る。
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しかし、いつもジレンマがある。
「他人に買ってばかりじゃないか」
そう、僕も、食べてみたいのである。
お店で三箱頼んだ後に、お会計しながら、本当は、
「これとは別に一粒だけ、買えますか?」
と言いたい。
一口でいいから、自分も、(すぐ食べたい)のだ。
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これが人情ではないか。
人の笑顔も嬉しいが、自分の笑顔もまた欲しい。
このジレンマがいつも起こる。
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そうなると、あの饅頭の、あの軽快な、ひと口サイズな感じが、あざとくさえ見えてくる。(中学校時代、弁当に入っているミートボールを隣の奴が、これ食っていい?と言って軽やかに箸を突き刺して持ち去られていくような軽快さがある。)
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一個。今食べたい。
でも、それを店頭で言ったことはない。
現実には、一個からでも買えるそうだ。
そう言えば良いだけなのだ。
100円ちょっとだろう。
朝から血糖値も上がっていい。
色んな正当化の理由は去来する。
でも、言えない。
いや、言ってはならない。
その理由はただ一つ。
「みみっちい、と思われたくない。」
大の大人が松露饅頭を自分用に一粒だけ?
ああ、いま、お土産買って、堪えきれなくなったんだろう。
でも買うなら五個パックもあるよ。
大人なら自分用に一箱買ってもいいんじゃない?
そんなことを店員さんに思われるくらいなら我慢。
武士は食わねど高楊枝。
ぐっと言葉を飲み込むのである。
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きっと一粒でも、お買い上げは、お店の方からしたら嬉しいだろう。もしかしたら可愛い、なんて思われるかもしれない。
いやでもだめだ、あの気高い松露饅頭を、気まぐれに一粒だけ買うなんてチョッカイ以外の何者でもないではないか。
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では、お土産としてお渡しした相手が、お茶と一緒に出してくださるのを一ついただくことも出来るではないか、という意見もあろう。
でも、僕にはひとつのポリシーがある。
「自分の持っていった手土産は食べない」。
お持たせには抵抗があるのだ。
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無論、ショートケーキを持っていって、お皿にフォークと一緒に盛られたら食べる。
でも松露饅頭は、小粒だから、まずどっさり盛られて出てくることが多い。なので主体的に食べようと手を伸ばさなければ取れない。
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そんな時、必ず遠慮してしまう。
特に松露饅頭の場合はそうだ。
自分が好きなのを見透かされてしまうようで、自分が食べたいだけじゃんと思われたら尊厳に関わる。
現実にはそんなこと言う人いないだろうし、言われたからどうということもないはずだが。
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そんなジレンマに満ち溢れた松露饅頭。
しかし、だ。
今日、事は起きた。
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今日も1つ、手土産に、大きめの箱を買った。
そしたらなんと、「いつもありがとうございます」と言って、笑顔の店員さんが僕に2個の松露饅頭を無料プレゼントしてくれたのだ。
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僕にとっては初めての経験だったので、喜びに心がいっぱいになった。
思わず口元がほくそえんだ。
こんな時、何と答えるべきだろう。「ありがとうございます」は当然として、「いやー、いつもちょっと食べたいなと思ってたんですよ」「松露饅頭、いつもお客様には好評なんですよ。」とか「小さい頃から好きでね。止まりませんよね」とかいろんな言葉が頭を去来した。
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しかし、ここで相好を崩し過ぎては武士の面目がない。
そんなひねくれた僕は、クールに、「あ、どうも。」とだけ答えた。
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そんな松露饅頭への偏愛を抱えつつ、
また今日も僕は、一箱持って人と出会う。
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店員さん、今朝は本当にありがとうございました。美味しかったです。
そして、松露饅頭よ、本当にありがとう。

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