感想:『すずめの戸締り』

 タイトルにある通り、ネタバレありです。
 かつ、「軽くネタバレするけど、作品を楽しむ上では支障ありません」というレベルなく、作品の核心に迫る点もネタバレしてます。なので、今後見るつもりの方は、下記読まないことをオススメします。
 一言だけ書くと、作り手の勇気と覚悟と誠実さを感じる、すばらしい作品でした。おすすめです。


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 何か所も泣いてしまったんだけれども、最も涙してしまったのは最終盤、主人公のすずめが過去の自分と出会うシーンだった。
 東日本大震災後、母親を亡くし探し続ける4歳のすずめに、この世ならざる場所で16歳になったすずめが出会う。そして涙にくれる4歳のすずめを、16歳のすずめは改めて母親の喪失に対して涙を流し、その後昔の自分を抱きしめる。「悲しいこともある。でも、あなたはそれを受け止められる。今後すばらしい人に囲まれる。必ず、朝が来る」と伝える。
 
 物語の中で、16歳のすずめは過去自分が「誰か」と出会った記憶を持っている。演出上、「母親と出会った」とミスリードするように描かれていたと思う。映画を見ながら、なんとなく最後はそういう場面が出てくるのかと考えていた。そして、物語の設定上、「死者の世界」とされている場所にすずめは踏み込んでいるので、会えなかった母親と出会う物語にしても問題はなかっただろう。
 だが、この物語はそこには落ち着かなかった。
 あくまで、未来の自分が、過去の自分を抱きしめ励ますことに留めた。
 個人的に、そこがこの物語の何より誠実な点だと思った。

 もちろん、「未来の自分が、過去の自分に出会うこと」は「死んだ人に再び出会うこと」と同じく、現実にはあり得ない。だが、「死んだ人と再び出会う」という奇跡は、この物語については描いてはいけなかったと思う。
 何故ならば、これが現実にあった悲劇について描いた物語だからだ。そして、「死んだ人と再び出会うこと」は、それを本当に強く願う人がいるだろうからこそ、描いてはいけない一線を越えていると思う。
 同じ監督の2作前の映画、『君の名は』を思い出した。あの作品では、隕石の衝突が主人公たちの努力により、過去に遡り、なかったことにされていた。そういう結論にすることも、極端に言えば、物語は出来る。でも、そこと比べると、物語としての救いはかなり弱い「過去の自分を未来の自分が抱きしめ、励ます」という所に落ち着かせた。
 スマートだとも言える。でもそれ以上に、より誠実に人の願いに寄り添った結果なんじゃないかと思った。

 実はこの映画を見ていて、過去自分が行ったインタビューの一節を思い出していた。
 自分の過去所属していたゼミで、学生の支援を行っている田中さんの一言だった。

――:田中さんは、ゼミの学生さんに過去の自分を見ているんですね。

田中:そういう部分はあります。
「過去の自分を救いたい」って、結構大きなモチベーションだと思います。

 この一言は、「すとん」と自分の腑に落ちた言葉だった。
 自分も、過去に先が見えなくて苦しかった時や、どうしようもなく落ち込み続けている時代があった。そして、それらを通り過ぎ、色々な経験を積んで、その上でもしも過去の自分に会ったなら、何か伝えたいことがある。
 まして、過去に類を見ない自然災害を受けた人ならば、そして肉親を失った人であれば、より「その時の自分を救いたい」という思いはあるだろう。
 この物語は、フィクションの中でそれを叶えてみせた。

 16歳のすずめが、4歳のすずめに語ることばは「綺麗ごと」とすら言えることばだ。
 「悲しいこともある。でも、あなたはそれを受け止められる。今後すばらしい人に囲まれる。必ず、朝が来る」
 でも、この物語は、それまでの積み重ねで、その世界の美しさを描いてきた。宮崎の友人との関係性、各地を巡る中での様々な人との出会い、育ての親である叔母との心の闇を吐き出し合った会話と和解。恋愛というにもすこし淡い好きな人との出会い。
 そして、何より、実際に12年という時が流れた。干支が一周するこの時間の中で、誰もが美しいものにも、すくなくとも幾ばくかは出会えたのではないかと思う。そう願いたい。

 新海誠監督は、3作品天変地異にまつわる作品を描き続けた。三部作として描いたと聞いている。そして、この『すずめの戸締り』は、その最後の作品だと聞いている。
 今から7年前、2016年の『君の名は。』も明らかに震災の影響下で作られた作品だった。そして、その作品は空前の大ヒット。だが、上に書いたような「天変地異自体がなくなるkとはご都合主義では?」という批判も浴びたと記憶している。
 そして、今作では、『君の名は。』よりもはるかに直接的に東日本大震災を描いた。個人的には、数年に渡り、震災とその被災者に向き合い、考え抜き、まだ心に傷が残る人がいることを覚悟した上で描かれた作品だと思う。

 そう考えると、10年近く、震災について考え続きながら、物語を作っていたのだと思う。
 その姿勢に、素直に感動する。
 すごい10年だっただろうな、と。

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