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うつ病の中で見つけた「俯瞰」する力【後藤拓さんインタビュー・前編】

 後藤拓さんは、テンポの良い関西弁とやわらかい笑顔が魅力的な39歳。現在、彼は地方創生や「旭川いじめ問題」の解決など、様々な社会活動を行っています。しかし、数年前まではアパレル企業の営業職として、現在の活動とは全く異なる仕事をしていました。彼が生き方を変えたきっかけは、仕事の中で患ったうつ病だったと言います。
 前編となる今回は、なぜうつ病になるまで追い詰められたのか。そして、その中で見つけた俯瞰する力について聞きました。

「事なかれ主義」の同調圧力

――: 本日はインタビューの時間を頂き、ありがとうございます。

後藤: よろしくお願いします。

――: 現在、後藤さんは「旭川いじめ問題」の署名運動など様々な社会活動に携わられています。ただ、元々はアパレル関係の営業をされていたとも聞きました。かなり大きなキャリアチェンジだと思うんですが、なにかきっかけがあったんでしょうか?

後藤: 明確なきっかけがあったわけではないですが、うつ病にかかっていた時期があって。そこで学んだものが次に踏み出すきっかけにはなったと思います。

――: うつ病ですか。現在の活発な活動からは、すこし意外な印象を受けました。

後藤: 僕はアパレルの会社を3社渡り歩いてるんですが、その3社目の会社で壊れちゃったんですよ。

――: 3社目がブラックな企業だったんですか?

後藤: いや、そんなことはないです。むしろ1社目の方がグレーなこともやってました。今思えば、伝票の処理とかで結構ぎりぎりのこともしていました。3社目は、そういう変なことはしていない、しっかりした会社でしたよ。

――: そうなんですか、少し意外ですね。そのお話を聞くと1社目の方が苦労しそうです。3社目でどんなことがあったのでしょうか?

後藤: 1社目、あとは2社目もそうだったんですが、自己完結した個人商店的な仕事の仕方だったんです。営業はもちろんのこと、服を縫う中国の工場の製造管理部門との交渉なんかも自分がやる。

――: なるほど。後藤さんが自分の裁量で全体をコントロール出来た。

後藤: そう。
逆に、3社目はしっかりした会社だったんで、機能が部署ごとにかっちり分かれてたんです。営業は営業、生産は生産、みたいな感じで。
それで、本社は生産機能が中心なんです。本社が四国にある会社で、工場もそのそばにある。海外工場へ依頼するのも全て本社です。だから、本社の人は工場で働いている社員に仕事を与えてしっかり食わしていかなあかん、って考え方でした。なにより工場の都合が最優先なんですね。
僕はこの会社でも営業をやってました。でも、1社目の時とは全然立場が違ったんです。僕がいた東京の営業は、四国の本社の言うことを聴かなきゃいけない、っていう感じが強いんです。もちろん、本社の人に悪意はないんですけど。

――: 1社目とは、全然違う組織のあり方ですね。

後藤: はい。僕たち営業はお客さんの生の声を聴いている。当然、そのニーズに答えたいという思いが出てくる。でも、事なかれ主義の本社は動いてくれない。それで、結構ぶつかりあってました。

――: それはストレスがたまりそうですね。ちなみに、どんな時に後藤さんは「事なかれ主義」を強く感じたんですか?

後藤: うちの工場って自分の出来ることしかやらないんですよ。つまり、これまで経験と実績があって、「確実に出来る」と感じること以外に手を出したがらない。

――: ああ、なるほど。

後藤: でも、僕たち営業はお客さんに向き合っているから、次に欲しいものが分かるんです。だから「今できることだけやるんじゃ、だめだ」「新しい製品をつくらなあかん」って思いがあるんです。

――: 営業としてはそうですよね。

後藤: それで、四国の本社に提案しに行くんです。そしたら、会議で本社の人が一杯でてきて、「そんな提案は呑めない。変な注文の取り方をするな!」って責められる。それで、数に圧倒されちゃうんです。しかも、上司も全然こっちをかばってくれない。

――: 胃が痛くなりそうな会議ですね。

後藤: ただ、僕もね、信念があるので。はじめは本社と戦ったんですよ。向こうの言うことを無視して、オーダー取ってきたりして。
でもね、そうすると、やっぱり色んな部署から責められるんです。めっちゃ長文の非難メールも何件も受け取りました。
それでめげずに「ええわ。全部自分でやったるわ!」って頑張っていた。でも、そうすると、他の案件にも影響が出てきちゃって。例えば、納期が遅れそうな時に本社側がフォローしてくれないとか。あるいは、手続きに必要な書類を本社が出してくれないとか。

――: そうなると、お客さんにも迷惑かかってしまいます。

後藤: そうなんです。
はじめは本社と喧嘩したりしてたんですけど――、でもやっぱり、なんともなれへんくて。で、「うまくやれよ」っていう同調圧力が本社だけじゃなく、周りの営業からも出てくる。そういうのにどんどん負けていくんです、僕が
もちろん、営業は要領よくやるのが必要な職種でもある。だから、ある意味、僕が下手くそだったというだけでもあるんですが。

――: 他のアパレル企業にいた時は衝突はなかったんですか?

後藤: いや、1社目でも喧嘩はしてましたよ。当時の先輩が不正を働いていることに気が付いて、ブチ切れたりね。でも、その時は個人商店的な働き方だったので、最後は自分が頑張れば何とかなった。3社目みたいなどうにでもできない強い同調圧力はなかったですね

――: なるほど、その違いが大きかったんですね。不正があった1社目より、3社目の同調圧力の方が後藤さんにとっては辛かった。

後藤: 同調圧力の中でね、自分の信念が先細りしていくのが分かるんですよ。その感覚がつらかった。「なんで間違えてないのに、自分を変えないとあかんのか」とずっと思ってました。

「あなたは、今、入院の一歩手前の数字が出ているんですよ」

――: そういった会社との摩擦によって、体調が悪くなっていったんですか?

後藤: 色んな事が重なったのもあると思うんです。
まず、とにかく忙しいんですよ。家に帰ってからも夜3時ぐらいまで仕事してたり。
しかも、子供も生まれたばっかりで。マンションも広くないから、子供が泣いてる声が仕事している最中に響いてきたりね。あと、子育てで嫁はんも大変なのに、僕も仕事が忙しくてサポートも出来なくて。それも辛かった。

――: お子さんが小さい時は、特に大変ですよね。後藤さんは、奥さんと衝突したりはしなったですか?

後藤: いや、うちの嫁は怒らずにこらえてくれてました。でも、本当は子供のことを見て欲しいって思ったんじゃないかな。
そういう中で、コロナが始まってリモートワークが増えました。そうすると、会社の人間関係の摩擦とか、家のストレスとか、色々と重なったと思うんですけど……。「なんか会社に行きたくないなぁ」みたいなテンションになっちゃてしまうんですよ。
そんで、何か言い訳を作って、休む。まぁ、ズル休みですね、言うたら。

――: なるほど。

後藤: そうして働けない日が増えてきて。
で、ふと違和感を感じたんです。「ひょっとして、自分、うつ病なんか?」って。

――: うつ病って、自分で気付くものなんですか。

後藤: いや、僕は気付いたけど、気付かないでどんどん悪化させちゃうパターンも多いらしいです。
それでね。念のため、と思って一応病院に行ったんです。色々と検査してみたら、もうお医者さんも即答でね。「うつ病です。これ以上働いたら駄目です。診断書出すんで、休んでください」って言われて。
でも、「自分が、まさかうつ病になるわけがない」って思ってるから、受け入れられない。子供も生まれたばっかりで、お金もいるし。
だから、「もうちょっと頑張らせてください」「それでもあかんかったら、また来るから」って言い捨てて、逃げるようにその場を去りました。

――: たしかに、私もうつ病と言われて、すぐに受け入れられる自信はないです。

後藤: でも、その後も「自分はうつ病なのか?」という疑問が常に頭をよぎってるんです。それなのに、無駄な根性論を貫いて、深夜まで仕事を続けちゃうんですよ。子供がぎゃんぎゃん泣いてる中で。

――: 辛いですね、その状況。

後藤: でも、治るはずもなく。
それから少し経った後ですね。朝、会社に行こうと思って電車に乗ったんです。で、最寄り駅に着くじゃないですか。

――: はい。

後藤: 降りられなくって。

――: ああ……。

後藤: そのまま、電車が最寄り駅を通り過ぎてしまうんです。で、「まずいまずい!」と思って、次の駅で降りるんですけど、それでも正しい電車に乗りなおせない。体が勝手に、全然違う方向の山手線に乗ってしまう。もう、パニックです。

――: それは、体が拒否してるんですか?

後藤: そう。行こうと思っても、行けない。
そのまま病院に行って。そしたら、また「うつ病です。休んでください」って言われる。
でも、この時も、まだ、自分がうつ病だと信じられないんです。前回と同じで。

――: それほど、病気を受け入れるのは苦しいんですね。

後藤: そしたらね、先生がうつ病の重症度を説明する紙を見せながら説明してくれてね。「左が軽傷。右に行くにつれ、病気が重くなっていきます。あるラインを超えると、入院が必要になり治療がかなり難しくなります」って。
それで、その表の一点を指して、「あなたは、今、入院の一歩手前の検査結果が出ているんですよ」とはっきり強い口調で言われたんです。それはさっき先生が「治療がかなり難しくなる」と言っていた点の、ほんの少し手前でした。
それで、はじめて「ああ、俺、もうあかんわ」って。

――: ようやく、休む決心が付いた。

後藤: はい。翌日には支店長に連絡して、直接会ってもらいました。事情を話したら、「すぐ休め」って言ってくれて。

――: それは、良かったですね。

後藤: 後で支店長に聞いたら、僕が話す様子がかなりおかしかったみたいです。話と話の間に異常に長い間があったりして。だから、「これは休ませないとまずい」って感じたそうです。

――: 奥さんは、後藤さんがうつ病だと分かってどんな反応でしたか? 

後藤: 実はしばらく言えなかったんです。

――: そうか。言いづらいですよね。

後藤: 会社休んでるのに、「今日はリモートワークで」とか嘘をついて。でも、そんな嘘をつき通せるわけないじゃないですか。その週末ぐらいに伝えました。

――: 奥さんは元々気付いていたんですか?

後藤: 嫁はんもびっくりしてました。けど、「なんか変な感じはしてた」って、言われましたね。やっぱり、ある程度分かっていたみたいです。

俯瞰を身に付けて、不安が消える

――: 後藤さんは現在はアパレルの仕事ではなく、色々な社会活動をされています。どのように病気から回復していったんですか?

後藤: はじめは本当に何にも手が付けられませんでした。朝の9時から夕方の17時ぐらいまで、ずーっと外のカフェにいたこともあります。ずっと不安で、暗いことばっかり考えていた。
この時期は、やっぱり時間をかけて、ゆっくり休むしかないんですよね。仕事とか病気とかのいろんな情報を遮断して、ただ休む。僕の場合は情報を遮断するために携帯電話も一度手放しました。いわゆる、デジタルデトックスですね。

――: そこまでする必要があった。

後藤: はい。でも手放してよかったですね。持っていると、どうしても不健康なことを調べてしまうので。
あと、その後に、物事を俯瞰して見れるようになったのが、現在の活動にも繋がっていると思います。俯瞰する力が身について、出来ることが一気に広がりました。

――: 俯瞰、ですか。興味深いです。
どうやってご病気の中でその力が身に着いたんですか?

後藤: すこし体調が良くなってきたときに、まぁ、時間を持て余してるわけです。それで、世の中に興味を持ち出して。はじめはうつ病のことを調べてたんですけど、そこから日本と海外の病気への対応の違いが気になりだして。それをきっかけに興味がどんどん広がっていったんです。社会とか、政治とか、経済とか。
僕ね、この病気で休む前まで、全然そういうことに興味なかったんですよ。本とかも今まで全く読んでいなかった。

――: どういう所から調べ出したんですか?

後藤: まずはネットですね。YouTubeとかを色々見て。そしたら、一つの物事に対していろんな意見があるんだな、って分かってきました。なので、何が正しいのかをより深堀したくなって、複数のYouTubeの意見を比較してみたり。最後は、それに加えて本も一日一冊ぐらい読み切るようになりました。面白くなっちゃって。

――: 一気にのめりこんだ感じですね。

後藤: 元々の性格もあると思うんですよね。子供の頃から興味があると、一気にがーっと入っていく。興味がないと全く何もしないんですけどね。典型的なB型ですわ(笑)
でね、そうして知識が広がってくると、色んな「導線」が見えてくるんですよ。

――: 「導線」と、言いますと?

後藤: 物事の因果関係や繋がりを僕はそう呼んでるんです。全く別のことのように見える物事も俯瞰して一歩離れて抽象化すれば、似たような関係が見えてくる。
関連のないジャンルを気の向くままに調べてると、その「導線」が見えてくるんですよね。そうすると、得た知恵が全然違う所で使える。自分と違う業界の人と話しても、いきなりアドバイスが出来てきたりとか。
そうなってくると、だんだん楽しくなってきてもっと調べちゃう。

――: なるほど、俯瞰できると応用が利くんですね。

後藤: で、いろんな問題に対して「自分だったらこう解決できるな」って思える場面が増えてきたときに、「あれ、全然不安じゃないな」ってふと気づいたんです。病気になってから付きまとっていた不安が、自然と消えている。

――: 俯瞰して物事を見ることが、病気の治療につながる、ということですか。

後藤: ジャンルを問わず世の中を知っていくことで、全く知らない分野でも何かしらの導線があるはず、って思えるようになるんです。その実感が大事ですね。新しいことが怖くなくって、挑戦がしやすくなる。

――: なるほど。
 あの、もうひとつ訊いてもいいですか?

後藤: はい。

――: ご病気になって時間ができた時に、世の中を広く見るっていうアプローチをとられたのが面白いなと思ったんです。
特に、元々本を全然読まない人が、一日一冊読むほどの読書家になることって普通中々ないと感じて。
何かきっかけがあったんでしょうか?

後藤: えっとね、ちょっと考えさせてください……。
あ、1個思い当たる節がありました。

――: はい。

後藤: あの、知能検査の結果が、すごくて

――: 知能検査?

後藤:いわゆるIQ検査ですね。お医者さんにすすめられて受けたんです。この検査、1つの数字で結果が出ると思われてますけど、本当は複数の検査の平均値なんです。知覚推理、言語理解、ワーキングメモリーと、あとは処理速度かな? この4つの数字が出るんです。

――: はじめて知りました。

後藤: で、この4つの差が少ないのが普通なんです。10とか20とか。ところが、僕、差が50もあった。

――: 50! 普通の倍以上の差ですね。

後藤: で、高いのが知覚推理で、低いのが言語理解だったんです。

――: その2つは、どんな内容なんですか?

後藤: 知覚推理は、空間的に物事をどれだけ正確に捉えられるかという能力です。これは非言語的に物事を把握したり類推したりする力とも強く関係していると聞きました。
一方で、言語理解は、その名前の通り言葉を使って物事を説明する力です。
だから、知覚推理が高くて、言語理解が低いって結果は「自分の頭の中では思い描けるものがいっぱいある。けれども、それを言葉で伝えられないタイプです」ってお医者さんから言われて。

――: ああ、なるほど。その考えられることと伝えられることの差が大きい……。

後藤: それを言われたときに、すっごい腑に落ちたことが一杯あって。
これまでの人生でそういう人間関係の悩みをいっぱい体験していて。自分が思いを色々抱えて伝えたつもりなのに、やっぱり理解されへんとか。あるいは伝えたけど、誤解されてしまったりとか。

――: 先ほどの会社の経験も、そうでしたね。

後藤: はい。で、先生に「この差は、埋められないんですか?」って訊いたんですよ。
そしたら、本を読めば言語能力は回復できる可能性があるって言われて。だったら、この機会に良くしたいなって思ったんです。

――: IQ検査の結果が、本を読むことに繋がった。

後藤: 一方で、「知覚推理が高いのは強みなので、それを活かした方がいいですよ」とも言われて。確かに、自分の頭の中で図解的に物事を理解したりすることは得意でした。この強みは活かしていきたいですね。

――: なるほど。現在、後藤さんが取り組んでいる様々な活動にも、この俯瞰する力は生かされているんですか?

後藤: そうですね。今、僕は地方創生などの色々なプロジェクトに関わらせて頂いてますが、それも俯瞰が出来るおかげだと思っています。
俯瞰のおかげで、いいサイクルが回っていると思います俯瞰によって「導線」が見えると、新しく始めたことでも解決方法が分かる。一つ一つ問題を解決していくと、更に色々なことが分かる。自信もどんどん出てくるから、新しい挑戦をしようと思える。

――:なるほど。

後藤: 俯瞰する力を身に付けている最中に出会ったのが、「旭川いじめ問題」でした。ここで一番色んなことを学べたかな。

――: では、次にそのお話について聞かせてください。

(後編に続く)


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