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良著は、ほろ苦いこともある(感想:『デュアルキャリア・カップル』①)

 本を読む目的の一つは、「もっと賢くなりたい」「世界のことをもっと知りたい」という知識欲だろう。本を読むことで、先人の知恵を知ることが出来る。理解が不十分だったある分野を、より解像度の高いカメラで眺めることが出来る。
 そういった世界の理解を促す本は良著と言って良い。だが、そうであるならば、その読書体験は必ずしも甘美なものとは限らない。むしろ、ほろ苦い物にもなりえる。
 なぜなら、世界がしあわせに満ちたものではないからだ。うまく生きていくためには、様々な工夫をし、努力を重ね、それでも七転八倒を繰り返さなければならない。世界を知ることには、その苦さは付きまとう。
 この苦さをより直接味わうことになるのは、身近なテーマを扱ったものだろう。例えば、ある職業に就く前に、その仕事の苦難を描いたドキュメンタリーを見続けることを考えて欲しい。仕事への解像度は高まる。賢くもなる。だが、自分の身に降りかかりうる未来の苦難を考えるのは、中々しんどい時間でもあるのではないか。

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 『デュアルキャリア・カップル ~仕事と人生の3つの転換期を対話で乗り越える』は、その意味で、良著だった。非常に賢くなる。だが、同時に、ほろ苦い。
 本書の対象はデュアルキャリア・カップル。つまり、そのカップルあるは夫婦両方が自分の職業生活が人生に大切で、仕事を通じて成長したいと考えている二人だ。そして、そのカップルが「愛情と仕事の両方で成功するにはどうしたらよいか?」を学術的に研究した本である。
 主に記載されているのは、キャリアとライフステージの3つの転換期とその悩み、どう対処するかだ。3つの転換期は、問いを名前として与えられている。

1,「どうしたらうまくいく?」:結婚して間もない、独身から結婚生活へライフスタイルを組み替える時期(20~30代)
2,「ほんとうに望むものはなにか?」:仕事で一定の達成を治めた後、自らのキャリア上の望みを改めて考える時期(40代)
3,「いまのわたしたちは何者なのか?」:キャリアの晩年、アイデンティティを組み替える時期(50代)

 おそらくこの本は正しい、と私が直感的に思うのは、この第一の転換期の苦労を体験したことがあるからだ。
 私は、結婚直後に海外転勤をした。「長い新婚生活ですね」と冗談交じりに言われたこともあったが、それほど甘いものではなかった。
 正確に言えば、私にとっては比較的容易だったかもしれない。だが、妻にとっては簡単ではなかった。それまで継続的に仕事のキャリアを歩いてきた人が、夫の都合で突然仕事がなくなるのだ。かつ、それほど言葉がしゃべれない海外での生活を突然余儀なくされる。しかも、自分の望んだキャリアの先ではなく。
 詳細は避けるが、色々な苦労があった。周りの友人及びその妻で悩んでいる人も、数多くいた。

 これはやや特殊な一例ではあるけれども、結婚した後の二人の生活とキャリアは強く影響し合うし、相互依存的にならざるを得ないというのは事実だと思う。上記を乗り切るためには、独身時代から完全に頭を切り替えて生活を構築していかなくてはならない。
 本書は、幅広く実例を上げながら、その苦難を記述していく。個人的に、この本の白眉だと思うのは、その具体例の幅である。第一の転換期であれば、子育てから国際結婚の居住地、一人がスタートアップに参画する事例まで乗っている。本書が調査を元にしている強みである。
 例えば、結婚前の人であれば、「どういった苦難が降りかかりうるのか」というケーススタディに使いうるだろうし、経験済の人であっても「こういうことが起きると、また苦労が始まるのか」ということを想像しやすい。

 私にとって頭が痛いのは、第2、そして第3の転換期として記述されている内容である。第1を経験している身として、今後も様々な苦労に直面するのかと思うと、頭が痛い。だが、同時に、リアリティのある記述と、自分自分が第1の転換期を経験していることから「きっと、今後こういうことが起きるんだろうな――」という予感を強く感じる。そして、実際に予兆すらある。

 序文を書いた篠田真貴子さんは、本書を「地図」に例えている。
 分かりやすく、適切な例えだと思う。だが、付け加えさせていただくならば、この地図は平たんな地図ではない。三つの転換期という名の険しい山や波の高い海が記された地図だ。もちろん、乗り越えるためのアドバイスも書かれている。だが、冒険家ではない私としては、地図を見ているだけで頭が痛くなり冷汗が出てくる。
 だが、それでも、そうであっても、やはり本書は読まれた方が良いと強く思う。
 山が険しく、人生が難しいとしても、知らずに向かうよりは準備して臨んだ方がはるかにマシだからだ。落とし穴というのはいつも自分の視界に映らないからこそ恐ろしい。だから、登山家は地図を大事にする。

 久しぶりに、こうしたリアリティのある「ほろ苦さ」を味合わせてくれる本だった。そして、この苦さこそが、この本の価値であるとさえ思う。 
 良著も口に苦し、である。

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