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【第14話】街中の雑踏の死体!? 火葬場職員が嗅ぎつけた死の香りと怪異とは…【下駄華緒の弔い人奇譚】


―第14話―

人間の様々な記憶の中でも「におい」がとても強く残りやすいと言う話を聞きました。たしかになるほど、と思うことを火葬場で働いていると感じます。
特に、亡くなってからそれなりの期間が経ったご遺体の腐敗臭……これはもう一生忘れないんだろうなあと思います。


ある日、某所に買い物に出掛けた時です。
その日はいつもよりも暑く、そろそろ夏がやってくるのかな? という気候でした。Tシャツと、ズボンの後ろのポケットに財布を突っ込んで手ぶらで人混みの中を歩いていると、「ん?」と、自分の記憶が今まで歩いていた足をピタっと止めさせました。

それは死臭とでも言いましょうか、自分にとってはある意味嗅ぎなれた「におい」でした。
「あれ? どこだろう?」と思って辺りを見回すと、路上生活者であろう初老の男性が道端で横になっていました。仰向けで、少し季節外れじゃないかと思うような毛布を顔の半分まで覆って一見眠っているようにみえましたが、先ほどの「におい」の元はこの人である事は間違いなかったので、念のため一応声をかけてみました。

「大丈夫ですか?」

そう問いかけると、意外にも閉じていた目がゆっくりと開いたので、すぐさま会釈をしてその場を立ち去りました。後に家に帰ってから「悪いことをしたかな…」と少し反省しつつも、「におい」は確実にしたので不思議な思いでした。


そして次の日、同じ道を通りました。すると男性はあの時のまま同じ姿勢でやはり仰向けで同じように毛布を被っていました。
そして「におい」も昨日よりも強烈になっていました。さすがにこれはまずいんじゃないかと思い、勇気を振り絞りもう一度声をかけましたが反応がありません。
そう、男性は既に亡くなっていました。

警察の方を呼び色々お話をし、僕が葬祭業に従事している事がわかったからなのか思いのほか短い事情聴取で帰らせて頂きました。

人混みの中にいるにもかかわらず、孤独に亡くなったあの男性の事など色々考えさせられながら家のドアをあけて「ただいま」と声を放った瞬間、家の奥からまるで何かの塊のように、ブワ…! っとあの「におい」がしました。
「うっ!」と思い一瞬のけぞりましたがその後は何もなく現在に至ります。

ぼくは幽霊というものを完全に信じているわけではないのですが、何となく「ああ、挨拶にきたのかな」と気持ちを整理する事にしました。


ですが、一つだけどうしても腑に落ちないことがあります。
最初にあの初老の男性を見つけた時のあの「におい」はどう考えてもやっぱり腐敗臭なんです。

でも、確かに男性は目を開けたんですよね……。
もしかするとその時既に亡くなっていたのかもしれない、と思うと少し背中がゾクッとします。

著者紹介


下駄華緒 (げた・はなお)

2018年、バンド「ぼくたちのいるところ。」のベーシストとしてユニバーサルミュージックよりデビュー。前職の火葬場職員、葬儀屋の経験を生かし怪談師としても全国を駆け回る。怪談最恐戦2019怪談最恐位。