「5年後も、僕は、生きています。 ⑦捨我得全(しゃがとくぜん)」
⑦捨我得全(しゃがとくぜん)
第1話から読みたい方はこちらから。
さおりちゃんと会ってから、しばらくして以前お世話になったことがある会社の社長、吉井さんが約20年ぶりに尋ねて来てくれました。
僕が最初の務めた商社を辞め、生活するためにいろいろな仕事をしていたとき、とてもお世話になった人です。
「刀根ちゃん、大丈夫? 人から聞いて、びっくりしちゃったよ」
吉井さんは20年前とほとんど変わらぬ立派な髭を蓄えてました。
柔和で人の良さそうな笑顔はちっとも変わっていませんでした。
「お忙しいのにわざわざ字て頂いて、ありがとうございます。ええ、ずいぶん良くなりました。血液検査の数値はまたさらに良くなってました」
「いや、ほんとに良かった~。でもほんとに驚いたよ」
「僕もですよ。まさか自分がガンになるなんて思わなかったです。しかもステージ4ですから」
「そうだよね、いきなりだもんね。ステージ4っていうと、一番大変なステージなんでしょ?」
「ええ、そうです。一番最後、どん詰まりのステージです」
「よくそこから帰ってきたね~、本当にすごいね、いや、本当にすごい」
吉井さんは感心したように僕をみつめ、うなずきました。
「でも、ホントにいい体験をしましたよ」
「ガンの体験が、いい体験だったの?」
「ええ、そうです。僕は自分のやり方・考え方にしがみついて、徹底的にガンと闘ったんです。まさに命がけで。だって、敗北は“死”ですからね」
「そうだよね、それ、普通だよね」
「でも、命がけで、出来ること全部やって、考えられること全部考えて、やってやってやり尽くして、その結果、全身に転移が広がって、ドクターに言われちゃったんです」
「なんて?」
「このままだと、来週にでも呼吸が止まるかもしれませんって」
「…」
「そこで、僕に訪れたのは“絶望”じゃなかったんです」
「え? というと?」
「ええ、“絶望”じゃなくて“解放”だったんです」
「絶望じゃなくて、解放…?」
「それまでの圧力釜の中に閉じ込められていたみたいな感じから、一気に広々とした青空に解放されたみたいな…そんな感じです」
「おお~」
「そうしたら、その翌日からまるで時間割が決まっていたみたいに、次々と予定が埋まっていって、レアな遺伝子が見つかって、それで薬が見つかって、ガンが消えてしまったんです」
「すごいね、ほんとうにすごい。それはすごい話だよ」
吉井さんは真剣なまなざしでうなずき、話しはじめました。
「実は私もね、刀根ちゃんと会わなくなったあと、あれから20年、本当にいろいろあったんだよ。だから刀根ちゃんほどじゃないけれど、今の話、とってもよくわかるんだ。私の話をしてもいいかな?」
「もちろんです、聞かせてください」
「あのあと、取引先が不渡りを出してね…、その影響で私の会社も不渡りを出すことになってしまったんだ」
吉井さんは思い出すように、遠くを見つめました。
「銀行はどこもお金を貸してくれなかった。景気がいいときは“どんどん貸します”なんて言っていたのに、いざ本当に困ったときは1円も貸してくれないんだ。そのとき、不渡りを出した会社の社長仲間は…自殺したよ」
「そうだったんですか、そんなことがあったんですか」
「うん。私は悩んだ。悩んで悩んで、ほんとうに苦しかった。10円ハゲが出来たよ。社員も10人以上いたしね。彼らの生活や人生だってあるから。でも、このままだと会社はいきなりの倒産、退職金も払えずにみんなが路頭に迷ってしまう」
そう、吉井さんは自分のことより他人のことを慮る人なのです。
「私は自殺した仲間の葬式で思ったんだ。死ぬくらいだったら、全部ゼロになってやり直そう、身体ひとつあればやり直せる、全部捨てようって思えたんだ」
「全部、捨てるんですか?」
「そう、変なプライドとか意地とか、そういう自分がしがみついていたいろんなもの、すべてを、全部ね、全部捨てたんだ」
「…」
「そうしたらね、目の前がす~っと開けた感じがしたんだよ、本当にす~っとね」
「あ、分かる感じがします」
「そして、これから迷惑をかけるお客さんのところに全部頭を下げてまわったんだ。これから不渡り出します、ご迷惑をおかけしますってね。ただし、ご迷惑をおかけしたお金は必ず、必ず、私が返しますって、一人ひとり、全員に土下座してまわった。。もう全部、開き直ってね」
「土下座ですか…それは大変でしたね」
「でもね、そうしたら奇跡が起こったんだよ。土下座してまわっていたら、お客さまのひとりがね、いくら足りないの? って聞いてくれたんだ。2千万円ですと答えたら、分かりました、出しましょうと言って、なんと、足りなかった分をそのお客様が出してくれたんだよ」
「お客様が?」
「そう、なんと、お客様がね。本来私がお金を払えなくて、ご迷惑をかけるはずのお客様がだよ。吉井さんは今まで本当に良くやってくていたから、今回は私が援助させてくださいってね。私はその社長が神に見えたよ」
そう言って、吉井さんはレストランの紙ナプキンに文字4文字の漢字を書きました。
『捨我得全』
「なんて、読むんですか?」
「しゃがとくぜん…」
「自分の我を捨てることで、全てを得るという意味なんだ」
それは僕が体験した“明け渡し”“サレンダー”と同じように感じました。
「自分の“我”を捨てるんだ。プライドも地位も名誉も財産も、そういうものにしがみつく“自分”も全部捨てて裸一貫になるんだよ。そうすると、不思議なことが起こって、全てを得ることが出来るんだ」
「なるほど、捨我得全…。で、そのときの借金は払えたんですか?」
「うん、そのときの借金は全部で2億円くらいだったけど、もうほとんど終わった。あとちょっとだね」
「それは…すごいですね」
「いや、刀根ちゃんのほうがすごいよ。私は仕事だけど、刀根ちゃんは死の淵からの生還だからね」
「いやあ、多分おんなじ事です」
「そうかもしれないね」吉井さんはうれしそうに笑いました。
『捨我得全』
自分の我を捨てることで、全てを得る。
自我(エゴ)が全体(宇宙)に降参すること。
自我(エゴ)はこの3次元世界を生き抜くためのサバイバル・プロググラムです。
目の前の問題解決は得意ですが、大きな視野、特に自分の在り方や「ほんとうに自分の声」などに一切聞く耳を持ちません。
すると、人生の方から「軌道修正しなさい」というメッセージが入るのではないでしょうか。
「我」を捨てなさい、「我」で人生にしがみつくのは、もうやめなさい、って感じに。
それが僕の場合は「肺ガンステージ4」で、吉井さんの場合は「不渡りの発生」だったのではないでしょうか。
『明け渡し』
『サレンダー』
『捨我得全』
共通しているのは、『それ』を体験したのち、人生に向き合う姿勢/Being(在り方)が大きく変わり、そして人生の展開が大きく変わったことです。
量子力学的に見ると、僕たちはエネルギーの存在です。
エネルギーの雲の塊です。
そのエネルギーという雲の周波数が変化すれば、それにともなう周囲の状況も変化してきます。
最先端の物理学的には「時間などない」と言われていますが、僕たちが体感する現実は「時間差」でやってきます。
まあ、そこの詳しいところは良く説明できないんですけれどね。
とにかく、自分の「在り方」が代われば、目の前の現実が変わってくる。
そういう体験をされた方も、たくさんいらっしゃるのではなでしょうか。
それがいわゆる「現実化」です。
僕たちはみんな、現実をÞ繰り出す『力(パワー)』を持っています。
しかしその使い方を誤ってしまっているために、自分にとって心地よくない現実を創り出してしまっている可能性があります。
その根っこになっているのが、「自我(エゴ)」です。
エゴは不安や恐れがベースです。つねにそこへ注目して意識を集中するくせがあります。
ですから「エゴ」ベースで生きていると、そこ(不安や恐れ)を目の前に現実化してしまう可能性が高くなってしまうのです。
そうならないようにするには…
まずは、自分のエゴの特徴を良く知ることです。
エゴも大切な機能です。ですからそれを「機能」として使っていくことです。
自分のエゴの「いいところ」「良くないところ」、つまりポジティブエゴとネガティブエゴの特徴をよく理解して、ポジティブエゴを中心とした「生き方」を選択することだと、僕は思います。
そういったことを学ぶために、心理学は助けになるでしょう。
僕の学んでいる心理学「交流分析/TA)」はエゴを学ぶ学問としてとても参考になり、役に立ちました。
自分を知ることの、さらにその先にあるのが「サレンダー」「明け渡し」「捨我得全」。
そこには「わたし」がいません。
だって、「自分」を「明け渡して」しまっているんですからね。
「わたし」を「全体」に明け渡すと、人生の流れが変わる。
そこに「わたし」はいない。
なんだか、説明するのがとても難しいです。
そのあたりは、新刊「さとりをひらいた犬/ほんとうの自分に出会う物語」に物語として書きました。
⑧へ続く
★2021年新刊
「さとりをひらいた犬/本当の自分に出会う物語」
自分の魂の声が聞こえずに、何をどう生きたらいいのか分からない人は、ぜひ読んでみて下さい。
★ガンからの生還記(2019年)
第1章(ステージ4宣告から生還までの体験)を公開しています。
第2章(それで得た気づき・生き方の変化による現実の変化)はWEBでは未公開なので本を読んでください。ここがこの本の肝です。
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