今日はお前が死ぬ日のようだな、ジョン。「さとりをひらいた犬/ほんとうの自分に出会う物語」無料公開/第7話
主人に仕える勇敢な猟犬・ジョンが主人や仲間から離れ、「ほんとうの自分」「ほんとうの自由」を探しに、伝説の聖地・ハイランドを目指す物語。旅の途中、多くの冒険、いくつもの困難を乗り越えながら、仲間や師との出会いを通じて、聖地・ハイランドに導かれていく。そして、ついにハイランドへの到達を果たすことになるのだが、そこでジョンが見た景色とは…。
【第7話】
第2章:北の谷
何かいる…
月明かりの中、目を覚ました。
気配を感じる、しかも、ひとつじゃない。
感覚を研ぎ澄まし、気配の数を数えた。左後方に四つ、右後方に五つ…左側面にも二つ…
そう、僕は囲まれていた。
さらに感覚を研ぎ澄まし、逃げる方向を探す。
右前方には誰もいない。
走り出す方向を決めると、両足を静かに地面につけた。そして徐々にゆっくりと足の筋肉に力を入れ、爪を地面に食い込ませた。最高瞬発力が発揮されるまで体に十分に力をため、準備ができると同時に、思い切り地面を蹴って右前方に走り出した。
ギアはすぐにトップスピードに入った。風のようなスピードだ。正体不明の気配は瞬く間に後方へ消えていった。
何者だったんだろう?
ここは北の谷だ。何が起きてもおかしくない
そう思ったとたん、また周囲に気配を感じた。
まただ…今度は左側面と後方に三つづつ、右後方に二つ…
僕は正面に向かってまた速度を上げた。
今度のやつらはなかなか速いぞ…
こんどの気配はしぶとくついてくる。
僕は周囲を窺いながらトップギアで走り抜けていった。月明かりに照らされた森の木々が瞬く間に後方へと流れていく。トップギアで走っているのに気配の数は中々減らない。置いてかれて消える気配もあれば、新しく加わるものもあり、その数は徐々に増えているようだった。
その時、僕は気づいた。
これは…
狩りだ!
僕はある地点へと導かれるように、追いたてられている!
そう、いままで僕がやっていた獲物の追い込みを、今、まさに僕がされている!
しかも、追立ては巧妙だった。獲物である僕に選択肢はなかった。
これは、相当な奴が指揮を取っている!
まずい…まずい…
僕は巧妙に追い立てられ、ついに大きな広場に飛び出してしまった。
ここが、終着点!
月に照らされた広場の正面には、横にずらりと並んだ動物たちの影が立ちはだかって、僕を待ち構えていた。
広場の真ん中で足を止めると、後方から追ってきた気配たちも次々に広場に出てきた。それは二十頭ほどの若いイノシシたちだった。
正面に立つ動物の中でも、ひときわ大きな影が、ゆっくりと近づいてきた。
「ガルドス…生きていたのか?」
「やはり、お前はあのときの犬野郎だな」
その巨大なイノシシの影が答えた。そして僕を憎々しげににらみつけ、低い声で言った。
「俺はガルドスじゃない。ガルドスの息子、アンガスだ」
よく見ると大きさはガルドスよりも少々小さいものの、猛々しい目、身体中にみなぎるこぶの様な筋肉、頭のてっぺんにある白いたてがみなど、ガルドスにそっくりだ。
「何の用だ」
答えは想像できたけれど、僕はアンガスに聞いてみた。
「お前、名はなんと言う?」
アンガスは、僕の問いに答えずに聞き返してきた。
「僕はジョン。お前の言うとおり、ガルドスにトドメを刺したのは、僕だ」
それを聞いたアンガスは猛々しい目をさらに険しくした。そして不敵な笑みを浮かべながら言った。
「こざかしい人間どももいない、仲間の犬野郎たちもいない。今日はお前が死ぬ日のようだな、ジョン」
いや、死んでたまるもんか。僕はほんとうの自分を見つけるために旅に出たんだ。まだ旅は始まってない。こんなところで死ぬわけには、いかない!
周囲を見渡す。自分が抜けられそうな包囲網の隙を注意深く探したけれど、まさにアリの這い出る隙間もなかった。アンガスはああ見えて、なかなかスキのない優秀なリーダーのようだった。こういうときは、群れのリーダーを倒すことが闘いのセオリーなんだけれど、アンガスも一筋縄ではいきそうもない。
僕の気持ちとは裏腹に、包囲網はジリジリと狭まってくる。アンガスは口元に歪んだ笑みを浮かべながら言い放った。
「オヤジ殿の仇、取らせてもらうぜ」
言葉が終るやいなや、猛烈なスピードで突進してきた。アンガスの巨大な牙が月明かりに照らされ、鋭利な刃物のようにギラリと光った。
えいっ!
僕は思い切り左に飛び、キリギリのところでかわした。僕の左後ろ脚にうっすらと血の筋が浮き上がった。
かわされたアンガスはすぐに振り向き、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「さすがにオヤジ殿を倒した奴だ。こうじゃなくちゃ、つまらねえ!」
またしても白い牙を鋭く突き出して、猛スピードで突進してきた。
やあっ!
僕はこの攻撃も右に跳んで、すんでのところでかわした。
す…鋭い…
このままこれをかわし続けても、いずれはやられてしまう。防御から攻撃に変えなければダメだ。そのタイミングをつかむんだ。
アンガスが三回目の突進を仕掛けてきた。アンガスは僕がジャンプするタイミングをつかんできたのか、突進は益々鋭くなってくる。
ギリギリでかわした僕は、アンガスが振り向く直前、背中が隙だらけなことを発見した。
よし、あそこだ!
次のアンガスの攻撃をかわした瞬間に、空中で態勢を変え、アンガスが振り向く直前に背中に噛み付くんだ! そして、意表をつかれてアンガスが暴れ、組織の統率が失われた隙をついて脱出だ!
三度目の突進もかわされたアンガスは、怒り狂ってさらに猛スピードで突進してきた。
うがぁ~っ!!
アンガスは火砕流のように怒涛の勢いで突撃してくる。当たったらひとたまりもない。
よし、いまだ!!!
え~いっ!!!!
僕は思い切り飛び上がり、突進してきたアンガスをギリギリで飛び越えた。
そして、空中でくるりと向きを変え、振り向きざまアンガスの隙だらけの背中に向かって牙をむき出し、まさに噛み付こうとした、その瞬間だった。
「その闘い、やめぇい!!!!!」
まるで地震のような咆哮が響き渡った。
第8話へ続く。
僕の肺癌ステージ4からの生還体験記も、よろしければ。
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