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❖風が吹くと、店屋が儲かる?❖ まいに知・あらび基・おもいつ記(2021年12月10日)

(長さも中身もバラバラ、日々スマホメモに綴る単なる素材、支離滅裂もご容赦を)
◆風が吹くと、店屋が儲かる?◆
また「風」が気になり出した。前回は、洋風イモようかんから始まった。「◯◯風」って一体何なのかという気持ちはなかなか収まらない。前回紹介した昔の漫画に出てきた「イカスミ風のパスタ風」という料理は、漫画の中では「シェフ風の男のオススメ」のメニューとして出てくる。この「シェフ風の男」もまた、イカスミ風のパスタ風と同様に、それっぽい雰囲気があるものの決して本物ではないのである。どんな漫画だったか確認したくなり、「シェフ風の男」を検索語にして調べてみたが、最近の別の漫画がヒットしてしまうので、昔のおぼろげな記憶をたどってみると、イカスミ風のパスタ風は、イカスミのように黒いがドロドロしていて、イカスミそのものとはちょっと違い、またパスタのように麺状だが平麺がキャタピラみたいになっていて、パスタそのものとはちょっと違う料理のイメージで描かれていたと思う。そしてシェフ風の男のイラストは、トックブランシュと呼ばれる料理人が被る典型的な帽子のフォルムだが、色が黒で帽子ではなく髪型だったような気がする。こちらも雰囲気はそれっぽいが、本物のシェフではないイメージで描かれているのである。シェフ風なので、その店に正式に雇われていない設定だった気がする。だから、厨房の周りをこのシェフ風の男がウロウロして変な料理を提供していることに対して、正式なシェフたちが厨房の中が荒らされていると文句を言っている様子も合わせて背景の辺りに描かれていた記憶がある。

さてそんな懐かしい印象的な漫画の話はそれくらいにして、本題の「風」に戻ることにする。今日、コンビニの商品を見ていて気になったのは「四川『風』麻婆豆腐」と「台湾『風』まぜそば」であった。「風」をつけると、本場の料理の雰囲気という付加価値を手に入れることができる。それでいて、本物じゃないというクレームに対しては、あくまでも「〇〇風」といっているわけだから、狡猾に回避できるというメリットもあるのだろう。単純な話だが「風」という文字を入れるとパッケージに印刷する際のインクが多くなり、インク代などのコストは高まるが、そのコストに対して余りあるメリットが「〇〇風」という表記にはあるから、わざわざ「〇〇風」という表記を選択するのだろう。つまりは
「風の物理的な『コスト』<風の付加価値+リスク回避の『メリット』」
ということである。

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このように考えると、何か異なる食文化の商品を売り出すならば、とにかくどんなものでも「〇〇風」をつけた方が総合的に得をするように感じるのだが、必ずしもそうではないらしい。気になってコンビニの中を散策してみると「カルボナーラうどん」という商品があった。カルボナーラといえばイタリア料理の要素であり、それをうどんと掛け合わせるわけだから、本物のカルボナーラではないはずなのに、「〇〇風」という表記をせずに売り出していた。これは
「風の物理的な『コスト』>風の付加価値+リスク回避の『メリット』」
になっている。しかし、カルボナーラという言葉を調べてみると、カルボナーラという言葉自体に「炭焼のパスタ(炭焼職人風のパスタ)」という意味があるという説があるらしく(実際、たくさんの説がある)、その説に基づけば既に「風」がついているので、さらに「風」をつけるのは違和感があるからだろうか。

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確かに世界三大宗教の一つ「イスラーム」も、イスラームという言葉自体に「教え」という意味が含まれているので、最近の教科書などでは「イスラム教」と表記しないものが増えているので、それと同じと考えれば理解できる。しかし理解としてそれが正しいとしても、カタカナをぱっと見たときにそこに「〇〇風」の意味が含まれていると思えない人もいるので、意味の重複の気持ち悪さは我慢して「カルボナーラ風うどん」と表記してもよいのではないかと思ってしまった。実際、「サハラ砂漠」や「ナイル川」のように、カタカナの部分に既に砂漠や川の意味があったとしても、漢字をつける例は枚挙に暇がない。他には、ガンジス川、インダス川、アムール川などもそうであるし、いばら姫で有名なザバブルク城もそうである(ブルクに城塞などの意味が含まれている)。

ちなみに最近、国会でも話題の「クーポン券」もそうである。クーポンはもともとフランス語で「切り離す」の意味を持つ言葉で、そこから切り離して使う割引券や切符などを指すようになったようである。金融市場でクーポンといえば利付債の券面についている「利息の札」のことであり、かつては券面の利札を切り離して金融機関に持っていってお金を受け取っていた。現在国会で話題のクーポン券は、ニュアンスからすると「バウチャー」の方がピンとくる。現在クーポン券になぜ固執するのかが焦点になっているので、詭弁のアイデアとしては、「クーポン券は配らないがバウチャーは配る」と答弁してみるのはどうだろうか(国会が荒れてしまうだろうからお勧めしない)。または「クーポン券という表現では、意味の重複の点で違和感があるので、この際、『券はやめて金にする』」と答弁してみるのはどうだろうか(それでも国会は荒れてしまうだろうか)。

さて寄り道し過ぎたので軌道修正したい。「カルボナーラうどんの素」の近くには、「中華風ニラ玉炒めの素」もあり、再び
「風の物理的な『コスト』>風の付加価値+リスク回避の『メリット』」
の商品を発見した。やはり「風」が吹いていた。何か異なる食文化の要素を加えるとき、「風」を吹かせることには大きなメリットがあることが分かってきた。しかし夕方にもう一度コンビニに立ち寄ったとき、それまでの考察を根本から覆すような商品が並べられていた。「9種具材の中華丼」である。これまで「台湾風まぜそば」、「四川風麻婆豆腐」、「中華風ニラ玉炒めの素」など、異なる食文化の要素が関わる商品には必ずといっていいほど「風」が吹いていたにも関わらず、「中華丼」には「風」が吹いていない。「中華『風』丼」ではないことから、これは「中華という食文化の要素を持った丼物」ではないことを意味している。すると「中華丼」とは何か、「中華丼は異なる食文化の要素を持たない丼物なのではないか」という仮説が私の脳裏をよぎった。つまり、日本料理の形式の一つである丼物、例えば「親子丼」、「鉄火丼」、「天丼」、「カツ丼」などと並立関係にある日本料理の一つではないかということである。少し調べてみると、やはり「中華丼」は、「天津丼」や「トルコライス」、「ナポリタン」、「冷やし中華」などと同様に、本場から持ち込まれた料理ではなく、日本生まれであることが分かった。

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ようやくある程度「風」についての理解がまとまってきたので、私の大好きなマトリクス図に表現してみようと思う。異なる食文化の要素を持ち込む場合は「風」が吹くが、日本料理では「風」が吹かないという基本的な関係性で整理できそうなのだが、引っかかるのはラーメンやカレーである。これらは持ち込まれた異なる食文化のはずだが、ラーメンを中華風麺料理とかラーメン風麺料理とは言わないし、カレーをインド風汁かけご飯とかカレー風汁かけご飯とは言わないのはなぜだろう。おそらく、異国から持ち込まれた料理だとしても、日本でアレンジが加えられ本場の料理とかけ離れてしまったものについては、日本料理に含めてしまうということではないだろうか。本場から「切り離されて」いるので、どうせならば「クーポンラーメン」、「クーポンカレー」という感じで、本場との名称の区別をしてどうだろうか。そんな下らないことを書いている途中、そういえば「和風」という表現があることに気づいた。なぜ日本でアレンジした料理なのに、「和風ラーメン」とか「和風カレー」と表現しないのかというと、やはりアレンジどころか、もはやほぼ日本料理という理解なのだろうか。中華丼、ラーメンカレーなどはそもそも「風が吹いていない」ということで、マトリクス図の対象外とするが、風の分析にはまだまだ課題が残っている。食問答は続く。

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