2/15(月) 「分かりやすい」は相手基準で考えようという話
今日やったこと
・中小企業診断士勉強
・オンライン英会話
・答案添削
・ZOOM打ち合わせ
・バイト
・筋トレ(レッグプレス、ヒップエクステンション、ベンチスクワット、腹筋)
メモ
今日は時間がなくて有酸素が出来なかった分、脚トレで追い込もうと頑張ったら十分すぎるほど汗かいた。脚が一番カロリー消費出来てそうでいいね。
午前中に運動しなかったら昼過ぎあたりがなんか心身共に重い気がした。低気圧のせいかもしれないけど。
今日はバイトで自分が完成させた金商法のマニュアルを事務員の方に教える勉強会をした。
このマニュアルは、法律を何も知らない人、何なら中学生でもわかるように図示を交えながら作ってくれという指令の元作成したものだった。
僕はそれまで金商法をちゃんと大学で勉強したことがなく、また恥ずかしながらパワポで資料を作ったこともなかったため本当に作成には苦労した。
そもそも構造が複雑で自分でもその内容が理解できていない法律のことをまず自分の中で咀嚼して、専門でない人に対して分かるように伝えるという作業がこんなにも大変なことだとは思わなかった。
と同時に自分のアウトプットの弱点とも向き合うことができた。
自分は喋るときも同様だが、相手に伝えるときに誤解がないように、と思うあまり言葉の定義を厳密にしすぎる傾向がある。
つまり話し言葉も書き言葉もいちいち文章が長くなってしまうということだ。
僕が最近までいた法律の受験の世界においては、丁寧に、言葉の定義を正確に書けば書くだけ評価されたものだった。
しかしそれは相手もまた法律の知識のある、専門家同士の狭い世界の中でのコミュニケーションでしかない。
バイト先で僕が成果物を出すたびに、「これは弁護士の人に読んでもらうことを想定したものだよね?」と言われその都度ハッとさせられた。
自分が「この方が分かりやすい」と思っていた基準自体がある種、相手も知識があるからこう書いた方がより分かってもらえるだろう、という傲慢な考えに基づいている気がした。
対象の事象について大枠をざっくりと、しかも適格な方向を向いて把握できるような言葉選び、図示をするにはどうしたらいいんだろう?と考えたこの1カ月近くはずいぶんと有意義なものだったと今振り返ると思う。
最初はyoutubeで「パワポ 初心者」と検索して勉強していた最初の頃から比べたらデザイン的なセンスはなけれど多少はスラスラとスライドも作れるようになってきた。
今日の勉強会においては常に相手の事務員さんが、どこが分からなくて仕事で困っているんだろう?というところを出来るだけ想像して想像して説明をするよう心掛けた。
立場が違う人のことを想像しながら伝える努力をすることが一番の成長に繋がると感じた。
とここまで何も考えず自分勝手に筆を走らせた。
一日30分でアウトプットという自分ルールを作ったのでそれに関しはよいこことにする。
明日は朝天気良いといいな。