牛カルビ座(ショートショート)
夜のジョギング。今日はいつもより少し遠くまでやってきた。
重大なミスを犯してしまっているのに気づいたのは、とある匂いが鼻腔をくすぐった時だった。
焼肉屋さんから漂ってくる匂い。よりによって、ちょうど退社後の飲み会が行われていそうな時間にやってきてしまった。
まずい。せめてなんとか、あのお腹がすく匂いの被害を最小限に抑えなければ。
けれどそんな思いもむなしく、歩道は一直線に続いている。焼き肉の匂いが、容赦なく襲い掛かってくる。
あー! くそ! やられた!
うまい! もう何か、匂いだけでうまい! わかるもん!
駄々をこねるみたいな口調で、心の中でぼやく。ええい。早く駆け抜けるんだ。ここを切り抜けさえすれば! また平穏なジョギングライフを満喫できるはずだ!
食欲が暴走する効果のある焼肉の瘴気を抜け、一息つく。
よし、乗り切った。一度、落ち着いてからジョギングを再開しよう。
深く深呼吸し、空を見上げる。
うん、綺麗な星だ。心が浄化される。焼き肉が悪というわけではないけれど、今はこの美しい星空に、焼肉への邪念を払ってもらおう。
ほら、あそこで、一層輝いて見える星たちをつなげて見たら、どうだろう。
これでもかと、黄金に輝く肉汁を滴らせる、牛カルビのような形をしているじゃないか。──とても美しい。
……あれ?
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