春の瓶詰(雑記)
春が無くなった世界で重宝されているものがある。
春の瓶詰だ。
名前の通り、瓶の中に春を詰め込んだもので、眺めて楽しむものだ。
しばらく眺めていると、中の景色が変化していく。
麗らかな日差しの中で桜の枝が揺らいだり、花びらが風でぐるぐると回転したり。
それらはすべて瓶の中で完結するため、触れることは出来ない。その匂いをかぐこともできない。
かつて、瓶の中の香りをかごうとした人間がいたが、コルクの栓を開けた瞬間、春が飛び出して霧散してしまった。
それ以来、春の瓶詰はその中身を鑑賞するものになった。スノードームを眺めるようなかたちだ。
春を楽しむスタイルがそうになってから、人々の春に対する向き合い方も変化し、創作の世界でもその影響は大きく出た。
春そのものの希少性や、過去にはあったものが今はほとんど失われかけているという状態を、恋愛や喪失の物語に絡めて描く人々が増えたのだ。
ちなみに、いま存在している人工の四季は、本物の季節の変化を知っている者からしたら、
「人工的に作られた感じがする」「人工春で呼吸すると、なんだかキシキシする感じがある」のだそう。
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