スプリングミルキーウェイ(ショートショート)
ジョギングをしていて気づいた。
春になると夜の空気が一変する。
いままで氷の中に閉ざされているのではと思うほど冷たかったそれが、とても肌触りの良い、柔らかいものに変化しているのだ。
蘭のような強い花の匂いや、ほんのりと香る草の香り。側溝からの、堆積した葉っぱが腐葉土になったような匂い。どこかの家の夕飯やシャンプーの匂い。人んちの匂いを嗅ぐなんて! 変態! 最低! と思われても仕方ない。漂ってきてしまったのだから。訳のわからない言い訳をする。
それら全てが、柔らかな空気の中に溶けて、春でできたミルクの中を漂っているみたいな心地になってくる。
街は静かだ。
住宅街はそれぞれの家の玄関に照明が灯っている。オレンジ色だったり、少し黄みがかっていたり。
その中を走っている。上着はもう要らない気がした。
割と早い段階で温まってきた体は、上着があるせいかうまく熱を発散できずに上気している。
息を吐きながら空を見上げる。そういえば、息ももう白くならないな。
あれ、今日は夜空に雲がかかっていて星が見えない。
仕方がないので、頭の中だけで空想する。
そういえばさっき考えていたミルクつながりで思い出したけれど、天の川ってミルキーウェイって呼ばれてたな。
夏なんてまだ先だし、そもそも、そんな風に見える星が夜空にあるかすら不明だけれど。春の天の川とかあったらいいな。スプリングミルキーウェイ。なんだか、名前がやたら長くなってしまった。
もしそんなものがあったら、今日みたいな春の空気も、その場所から漏れ出してきたりするのかもしれないな。
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