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映画『アライブフーン』最長不倒レビュー:完全版+追補篇

●ゲームからリアルへ、そしてリアルからゲームへ

 このところ公私ともに多忙を極め、NOTEも更新できず申し訳ない。書かずに居続けるのも恐縮なので今回は趣向を変え、すべてのゲーマーにお勧めできる映画『アライブフーン』を紹介したい。
 焦点は電源系ゲーマーに当たってるが、マフィア梶田も指摘してるように、すべてのオタクに向けてのポジティヴなメッセージになっている。
 そんなわけで今回は特別編。全文無料で公開とさせていただく。

▼ぼくの鑑賞&レビュー履歴

・2022/5/25:イオンシネマ弘前〈爆音〉試写鑑賞。監督挨拶付き。
・2022/6/10(武藤の日!)公開日:陸奥新報にレビュー公開。

▲筆者と同じ青森県出身の下山監督とは、試写の際に初めてお会いしたが、もともと知り合いではなく、別に評に手心は加えていない。
拍子抜けするほど簡単に試写に当選したし、実際試写に来た人数が少なかったので、余計なお世話だが、この頃からぼくも客の入りを心配していた。

・2022/6/16:イオンシネマ弘前で2度目の鑑賞。監督挨拶付。
・2022/6/30:レビューを大幅加筆してfacebookで公開。
・2022/7/6:青森松竹アムゼで3度目の鑑賞。監督挨拶付。取材(&登壇対談)を終え、再び大幅加筆。深い!
・2022/12/28:陸奥新報に、ぼくが選ぶ2022映画ベスト1として掲載。

▲当時の誌面で6人の映画レビュアーが年間ベスト5を発表したが、ぼく以外にも2名が『アライブフーン』をベスト5に入れていた。

・2023/1/15:凱旋公演開始。TOHOシネマズ 日本橋で4度目の鑑賞。監督挨拶付き。再取材。
・2023/1/27:池袋HUMAXシネマズで5度目の鑑賞。監督挨拶付き。
・2023/3/11:青森松竹アムゼにて最前列で6度目の鑑賞(英語字幕版)。監督挨拶付き&再取材
・2023/3/31:当NOTEにて、かつてのレビューの不備を調整のうえ、補論追加。
・2023/4/1:監督よりTwitter写真の転載許可をもらい、レビューに画像、リンク、海外の状況&凱旋公演リストを追加。
・2023/4/2:秋葉原UDXシアターで7度目の鑑賞。大幅加筆(劇伴について、車種、わかる役の年齢、新たに見つけたミニカーの象徴、紘一の無免許問題、田村の飲酒運転問題、本編にない夏実のシーンに等ついて)。マジ深い!
・2023/5/6:米軍三沢空軍基地での特別上映にて、8度目の鑑賞(英語字幕版)。取材に基づき加筆。
・2023/7/12:Apple TV+での配信、およびDVD/Blue-Ray発売日。9回目の鑑賞。圧倒的なコメンタリー、メイキング、特典映像に脱帽。
・2023/7/22:秋葉原UDXシアターで、10回目の(そして最初の応援上映)鑑賞。やっとアライブ聖人認定。監督のこだわった調整のおかげで、台詞&背景音含めすべてがクリアに聴こえ、全身で体感でき、改めて映画館での鑑賞の価値を感じとれた。

▼誰も見たことがないリアル

 触れ合わんばかりの間隔で競い合う2台が、レースの実速のまま至近距離で銀幕に映しだされる。マフラーが紅く火を噴き、容赦なしの心地よいエグゾースト・ノートを響かせつつ、起伏を駆け抜け宙に浮く。その音は場面によって実際に響きが異なる。四輪ドリフトでコーナーを流れると白煙が立ち昇り、漆黒のタイヤの欠片が青空を背景に舞い踊る。それを捉える地を這うアングル。カメラを踏み抜くゼロ距離撮影。あるいはドローン空撮による迫力の寄りと、テクニカル・コースを俯瞰で魅せる引き。ドライバーのシフトさばき、ブレーキング、ハンドリング、一瞬一瞬のリアルな表情変化が迫ってくる車内視点。そんな「誰も(レーサー自身ですら)見たことがないリアルなシーン」の連続に、つい前のめりになり、全身に力が入り、ともかく興奮と鳥肌が止まらない。「映画って、そんな『見たことない』を観にいくもんだろ!」と頭を殴られたような気がして、とことん気持ちよかった。東北出身の監督下山天のこだわり、ストーリー構成、演出、編集に脱帽である。

 監督自身はスーパーカー世代であり、20代にF1ブームの直撃を受けているため、レースに対する情熱も人並み以上。今作を実現する上で最も影響を受けた作品として、村上もとかの『赤いペガサス』(特に前半のモナコ戦に至るまで)を挙げてくれた。さもありなん、である。

▼カメラを止めるな!(ぶつかって踏まれてひしゃげて壊れるまで)

 監修および本編でも実況解説者として出演している土屋圭市ドリフト走行の草分けであり、このクオリティーを実現するために「CGナシのオール実速実撮」を求めた。
 ドリフト界の聖地たる福島のエビスサーキット(今は改装されて変わってしまった南コース)など実際の競技場を貸しきり、映るマシンも写す撮影車(柳杭田貫太:S14シルビア)もシーズン戦に出場中の実車。冒頭で大破するS15シルビアは本当にクラッシュさせ、それを実際に修理していく

チームオレンジの柳杭田選手は、主に追走を前から撮影するカメラカーを御していた。

 究極の画像を獲るために、カメラもドローンも敢えて何台もお釈迦にした(ドローン5機、カメラ10台前後潰したとの発表もあったが、メディアに出るたびに細かい数字が違うので、監督に直接お聞きしたところ「誰も正確な数字はわからないぐらい壊した」とのこと)。
 観客のなかには、劇場で仮想的にタイヤで踏まれるためにだけ、30回も鑑賞しに行った猛者もいる(無事〈アライブ聖人〉1号の称号が授与された)。
 車を操るレーサーも優勝経験者ばかり。野村周平はじめ役者も皆ドライビング・テクニックを叩きこまれ、彼らの肌感覚が、観客のリアルな体感へと転換される。
 また本人役として、シリーズチャンプの齋藤太吾(FR仕様GRヤリス2JZターボ)や川畑真人(GRスープラV8ツインターボ)が登場し、野村演じる主人公の紘一と競い合う。

▲ドリフェス2022で紘一と追走を競う、本人役のファットファイブレーシング斎藤選手。
特殊仕様のヤリスを駆る。堂々の貫禄。
▲スープラを駆るチームトーヨータイヤドリフトの川畑選手。
そのスピンシーンは、実はD1レースでのリアルスピン。
▲劇中で「今、スターターの福田さんの合図を待っています」と紹介された福田浩司本人。
元レーサーで現在はフルーク走行会の代表。

 作品タイトルじたい、アライブ(alive=生きている/ライブの)+フーン(hoon=走り屋)である。20年以上前は峠や港の公道で走って大きな問題になった連中も、今ではサーキットのなかで称賛される存在となっている。そんな走り屋の今しか記録できない栄光の断片が、間違いなく切り取られて、デジタル・フィルムのなかに刻みつけられている。
 土屋の本気と絶えずスタッフとレーサーにかけたハッパがなければ、ここまでリアルで本気の映画はできなかった。
 また劇中で架空の存在と思われたチーム・アライブだが、その仮想を実現するためにリアルでもチームを組み、そのレーシング監督としてGenz Drift Projectの中村尚裕が采配を振るい、レーサーたちを統括した(クレジットでは走行コーディネートとなっている)。
 そんな条件をそろえられたのが奇跡に近いところで、今後同じ座組でできるかどうかもわからない。まさしく永久保存版である!

▼王道かつ単純な物語?

 ゲーム『グランツーリスモ』の孤高の日本チャンプが、解散寸前のドリフト・チームにスカウトされ、監督、メカニック、ライバル等に触発されてリアル・レーサーとして開花する……という物語は、単純であるが故に力強い。実際「ストーリーは王道だけど、カーアクションのリアル感が段違いで大満足だから、それでいい」なる感想をあげる人が(初見のぼくを含めて)多かった。
 だがこの物語は、本当にそんなに「単純」なのだろうか? 

▼語らないことによって語る/目線を追え!

 試写で、全体プロットは頭に入っていた。おかげで2回目の公開日での鑑賞では、ディテールをじっくり味わうことができた。そして肌で感じた。このシナリオには、一分の隙もない。無駄な枝葉末節をナタで削げるだけ削ぎ、特にセリフは本当に必要なものしか残されていない。他は全部、演出や演技がやっている。この「語らない」という手法によって、むしろ作品そのものが、観客に対して直接的に雄弁に物語ってくるのである。
 目線や細かい表情変化、受け応えしたりしなかったりの全てに意味がある。セリフ以外の行間を読むことによって「ああ、あそこはそういう流れだったのか!?」と悟り、一段と深い層へ降りていくことができる。

▲そうだ。目線を追え!
ちなみに「相手の目を見たのに、相手からシカトされる」というパターンでは、基本的に見たほうがレースに負けている。

 撮影の現場で、監督がシナリオの無駄な枝葉を刈りこんだのかと思っていたが、あにはからんや。撮影台本の段階でほぼこの完成度で、むしろ現場でセリフを足したわけで、本当に脱帽。
 1回目の鑑賞では、ジェット・コースターのようなライド感に気持ちよく身を任せていればいい。むしろ2回目からの鑑賞が本番だともいえる。
 したがってこのレビューでは、本当の結末を除いてネタバレはさほど気にせず書いていく。むしろプロットが頭に入っていたほうが、より感動できる部分が多いのだ(実際パンフレット2見開き目のストーリー紹介でも「ここまで書いていいのか?」と思うぐらい、ぶっちゃけられていた)。

●朴訥な青年:大羽紘一(24歳)

▲個人的には『ちはやふる』から知った野村周平。
ストイックでオタクな紘一を朴訥に演じていて好感が持てる。
インタビューはこちら

 主人公である大羽紘一(野村周平/実走:中村直樹S15シルビア)のセリフは極端に少ない。息などの演技を除き、日本語として意味のあるセリフはたった60本。しかもそのほとんどは単なる応対であり、20文字を超えるセリフは、なんと7本しかなかった。さらにその7本のうち6本は、彼のホームグラウンドである「eスポーツ選手としてのセリフ」である。すなわち……

「あ、いや、僕てっきりeスポーツのチームのお誘いかと思って…」
「でも、大丈夫だと思います。ぶつけたら、すみません」
「あ…運転自体は、リアルもゲームも変わらないんで」
「舐めてないです。…僕これでも、ゲームでは日本一なんで」
「…僕、小さい頃から、運動も勉強も苦手で、でも、ゲームだけはハマっちゃって。…それから…沢山レースしてきたけど…。走ってて、感謝されたの初めてで」
「メンテナンスが終わるまで…シミュレーターでやりたいです」

 以上6本である。
(完成台本は、公式ガイドブックに掲載されている)
 そして最後の7本目――これは劇場で実際に聞いてほしいので引用しない。ただ朴訥でありながらも、紘一の決意と悟りに至った境地が表現され、またヒロイン夏実とも心が通ったことがすんなり理解できる。

▲このレビューは、こんな感じで公式ガイドブックと監督のFacebookを確認しながらしたためた。

▼勝利への2つのフラグ

 このような紘一が、無敵状態になるフラグは、劇中で2つ用意されている。
 ひとつは2回かかるNOISEMAKER(ノイズメーカー)の挿入歌「Apex/エイペックス」だ。タイトルからして意味は「頂点」であり、「てっぺん=一位を獲る」ことを示唆している。
 1回目は、紘一が劇中で2回目にゲームに出走するシーンだが、トップに躍り出たところで場面が切り替わる。
 2回目は、チームアライブに採用が決まった後でフルで流れる。紘一がトレーニングを始めて徐々に肉体的に強くなり、ロケ地である福島の風光明媚な光景がフィーチャーされ、壊れたシルビアを徐々にメカニックが直し、チームが結束していく。

▲トレーニングを始めたてで体力がない紘一。
撮影もこのシーンからクランクインした。

 もうひとつのフラグは、『グランツーリスモ』の画面のオーバーラップである。実写のレース・シーンで、紘一の視界がいきなり『グランツーリスモ』に変わることがある。これは日本チャンプとして「いつも通り、ゲームのつもりで走る」平常心へと移行したことを表しており、そうなると勝利は約束されたも同然なのだ。

▲実車シルビアのコックピット内にいる紘一(≒観客)の視界に『グランツーリスモ』の仮想世界が侵入してくる。

 ちなみに『グランツーリスモ』部分は、実際のe-sport選手山中智瑛監修を受けている(そしてそして、この山中選手もまさかに実車デビューして、ちゃんと成績を残している! ヴァーチャルとリアルは地続きであったことを自ら証明してくれた。とても嬉しい!)。

 話を戻すと、逆に『グランツーリスモ』の画面もオーバーラップせず、「Apex」も流れないレースにも注目してほしい。若き宿敵たる柴崎快、およびチャンピオン小林総一郎との競い合いでは、この演出は一切なされない。勝っても負けても、リアル世界でのガチバトルであることが示唆されていて、勝利が約束されていない分、余計に緊張する。
 そんな場面でも、𠮷川清之の劇伴は紘一の気持ちに寄りそい続ける。前半は特にブルーな曲調で鬱屈を表し、レースともなると心拍にも聴こえるパンチある楽曲となる。これまで刑事ものドラマのBGMを多数手がけただけあって、緊迫感の高めかたも気持ちがよい。下山監督とは『Blood ブラッド』『パーフェクト・ブルー』『PIECE ~記憶の欠片~2012』『キカイダー REBOOT』などでもチームを組んでおり、そのへんは阿吽の呼吸なのだろう。早くサントラが欲しい。

 ちなみに蛇足かもしれないが、紘一は震災から現在までの間に普通運転免許を取得していることを補足しておく。夏実に言われるがまま、海辺の練習コースから武藤商会まで、一般公道を走っているのがその証拠だ。ないと無免許運転になってしまうし、監督に尋ねると「あの辺に住んでいたら、免許なしでは生活が成り立たたないだろう」と、納得の答えであった。
 ので「夏実に誘われて乗ったのが最初の実車経験だった」という認識は誤解。最初に紘一が実車でドリフトした後の省略の多い会話を、ぼくなりに分かりやすく【 】で補足すると、こうなる:

紘一「リアル【車でのドリフト】は本当に初めてです【。『グランツーリスモ』では少しはやったことあるけど】」
夏実「初めて【の実車のドリフト】で……今の【みたいなパフォーマンスができるん】ですか?」

▼喋らない主人公=王道RPG

 紘一本人は、ほとんど自分を語らない。であるがゆえに「感情移入できなかった」という感想もまま見られた。たぶんそういう人には、僕とは違って、一般人としての感覚があるのだろう。
 だがむしろ、ぼくのように中二病をこじらせたオタクは、工場の先輩・山崎と揉める登場シーンから「ああ、あんな辛いこと、いっぱいあったなあ」と、ぐっと紘一の境遇や内面に引きこまれてしまう。ゲームオタクだと馬鹿にされるシーンもまた、リアルな自分自身であった(監督も、自身の体験をからめて描いたと語っている)。
 元来コンピュータRPGのシナリオ作成の際には、まず主人公に「喋らせるか/喋らせないか」から決める。たとえば初期のドラクエでは、パーティの他のメンバーは喋っても、主人公だけは喋らない。これは「主人公に変な色(性格/設定)をつけないことで、どんなプレイヤーでも、主人公をゲーム内の自分の分身として受け容れやすくする」という意図がある。自分の考えてもないことをべらべら喋られたら、没入感がなくなるでしょ?
 したがって「紘一がほとんど喋らない」という決断は、ゲームの主人公としては100点なのである。

 しかしこの映画は、本当にオタクに優しい。紘一がリアルなドリフトの道を選んでも、ヴァーチャルなeスポーツの道を選んでも「どっちも正解だ!」と言いきってくれる。
 大羽紘一という名前じたい「大きな羽根で一位を極める」という意味であるのも納得で、今は亡き親の愛を感じさせる。

●疑似家族としてのバイプレイヤーたち

 とはいえ制作陣は、多くの観客が紘一に感情移入できないであろうことを見切っていた。そこで感情移入できる人物が、脇に配置されたのである。たとえば天才奇人シャーロック・ホームズ(≒紘一)の凄さを伝えるために、常識人ワトソンが配置されたように……

▼魂の父親にして同胞:武藤亮介(58歳)

ザ・ロッカーズのボーカルを始めた当時「俺は夢で食っていく」と豪語し、実現させた陣内孝則は、まさしく亮介のハマり役。

 そんなわけで、紘一の最大の理解者となるのが、実は当初「ゲーム野郎に本物のドリフトなんか出来るわけねえだろうーっ!」と頭から否定していた(メインのキャッチコピーにもなっている)、チーム・アライブのオーナー兼カーショップ武藤商会の社長・武藤亮介(陣内孝則/実走:中村直樹/S15シルビア)である。

▲チーム・アライブ(亮介&紘一)のレースカー担当、N-Styleの中村選手。
チェイサーでの「ペットボトル5本倒し」や峠の「溝落とし」も彼の仕業。
右側は演出をつけている下山天監督。

 亮介は元レーサーだが、映画冒頭で、ライバル小林総一郎との追走でクラッシュし、選手生命を絶たれている。そんな究極のイライラを八つ当たりされて、紘一は本当に気の毒だ。
 だが練習とはいえ、総一郎との紘一の追走バトルを目の当たりにしてから、亮介の態度は百八十度変わった。チーフメカニックの葛西隆司に「んー何だよ。惚れちまったのかぁ? ふふふ」と揶揄されてもニヤけ顔をやめないほど、その実力を認めている。
 もっとも、このバトルを仕組んだのは亮介自身であり、単に紘一をつぶしにきたようにみえる言葉とは裏腹に、走る前からその目には「もしかしたら、こいつならやってくれるかも」という淡い期待の光が宿っていた。
 この亮介には、陣内孝則自身のみならず、監修たるドリフトキング土屋圭市の姿が重なる。かつてはやんちゃしていて峠で鳴らし、その後で公式なドリフトレースの礎を築いたものの、今は引退して若きレーサーを厳しくも暖かく見守る。
 ちなみに土屋は、もう魚など釣ってはおらず、解説者として本人役で登場している。極めて自然かつ感情豊かなリアクションで、目の前で実際にレースがおこなわれているかのような臨場感を与えてくれる。その台詞は実は撮影台本には書かれていないアドリブだっていうんだから、本当に凄い。

▲前列左から、解説を務める元D1レーサー織戸学
ドリフトキング土屋圭市、
実況(古舘伊知郎風の)にわつとむ
なお監督を交えた織戸&土屋のトークショーが富士スピードウェイでおこなわれた。

 ここに至るまで、紘一の勤め先たる自動車リサイクル工場ナプロアースの社長にして育ての親(おそらくは叔父)である桧山三郎が、いつまでもヴァーチャルにいる紘一を心配して「リアルな人間関係を作れはしないだろうか」と、チーム・アライブに紹介したという流れがあった(ちなみに両親を亡くして叔父に育てられる少年が、竜殺しなどの武勲を立てるというのは、ドラクエ等の元になっている中世の英雄譚の定番である)。
 だが亮介は「……別に、ゲームやってても良かったんじゃないかなぁ」といなす。自分も走り屋だった頃は、社会からはアウトサイダーとして見られていた。現代のアウトサイダーたるゲームオタクに、自身の境遇を重ねていたのだ。ゲームだろうが、走り屋だろうが、その道を究めるのであれば、社会でもやっていけると言いきる(これもまた土屋の実感であろう)。
 そんな亮介が、福島の美しい峠でコーナーリングの超テクを覚えた紘一に見せる、表情変化にも注目してもらいたい。
 総じて亮介は、若い頃の自分を見守るような父親の目線であある。実際に子供がいる年配なら、亮介にぐっと感情移入できる。

▼ヒロインにして戦友:武藤夏実(22歳)

▲子役から女優へときっちり転身した吉川愛。
運転免許がないとは思えない肝の据わった運転ぶりに驚愕。
インタビューはこちら

 最終レース間際、亮介は自分の娘にして新米メカニックの夏実(吉川愛/実走:久保川澄花チェイサーJZX100)に、レースの指南役であるスポッターの地位を譲る。いきなり指名された夏実だが、ぎこちないなりに一生懸命紘一に指示する。
 これは急遽現場で作られた、当初のシナリオにない場面なので「不自然だ/いらない」という感想を見かけた。だがこれは、親代わりになった亮介の気持ちになったら、自然と出てくる流れだ。また亮介自身がレースに出ている際には実際に夏実がスポッターだったのだから、互いに信頼関係もある。
 それに紘一をスカウトした本人である夏実としては、序盤から紘一に指示するシーンは何度もあった。きちんとそこからの伏線回収になっており、つながっている。生きたシナリオづくりとして見事である。

▲夏実のチェイサー。
(そして紘一と共に武藤商会に戻る夏実を出迎える田村)
▲吉川愛に指導するシバタイヤミュゼ・プラチナムの久保川選手。
港での総一郎の白シルビアとの追走では、紘一のチェイサー担当。
峠の「溝落とし」のシーンでは、撮影車を担当。

 若い世代なら、夏実の視点で作品を見るだろう。起死回生を狙ってeスポーツ日本一の紘一に白羽の矢を立てたものの、内心は半信半疑であった。であるがゆえにこそ、紘一がどんどん実力を見せ、才能を開花させていく姿に素直にテンションが上がり、全身で飛び上がり、笑顔となる。あるいは亮介や紘一に危機が迫ると泣きそうになり、いけすかない生意気な若きドライバー柴崎快には怒って見せる。感情の振れ幅の大きさも魅力だ。
 酒を飲むと虎になるのもキャラが立っている。終盤「チーム・メンバーが自分のために頑張ってくれたことを紘一が思い返す」という回想シーンがある。そこにひとつだけ、本編で使われていない場面が挿入されていた。酔った夏実が、立ち上がってカラオケを歌っているのだ。わざわざ画面に出すのだから、紘一にとっては極めて印象的なシチュエーションだったということになるが、音声がないので美声だったのか音痴だったのか気になるところである(監督によれば、葛西さんに無茶ぶりされて「赤いスイートピー」を歌ったが、版権の都合上泣く泣くカットしたとのこと)。
 ともかく夏実には、そんな性別を超えたキュートさがある。そして後半になると徐々に紘一を意識し、薄化粧まで始める。けれど恋愛にまで発展しない潔さが、作品としての純度を高めている(スポッター・マイクではチーム全体に聞こえてしまうので、仮に夏実があれ以上のことを言いたくても言えるはずもなかった、とアライブ聖人1号は喝破していた。流石)。実に抑制が効いた引きの計算の脚本であり、演出であり、演技である。一瞬で夏実の虜になった観客は数多く、吉川愛の新たな魅力が大きくクローズアップされた出世作であろう。次回作での活躍が期待される。
 なお、夏実が駆るチェイサーのナンバー・プレートに注目していただきたい。

▼チームの肝っ玉かあさん:葛西隆司(70歳)

▲貫禄の本田博太郎が演ずる、居るだけで場が落ち着く葛西。
チームのまとめ役であることが画面からも伝わってくる。
監督によれば、胸のダットサン・エンブレムは「今も日産開発者がお忍びで訪ねてくる、サファリラリーの生き残り日産DATSUN黄金時代を知る伝説の男」とのこと。言われる前に気づくべきだった、悔しい……

 この映画に母親は出てこない。亮介の妻にして夏実の母は亡くなっており、登場は仏前の写真のみ。
 紘一に至っては、両親ともに影すらない。
 だが、野球でピッチャーの球を受け続ける捕手がバッテリーにおいてかみさん役であるように、この作品ではチーフ・メカニックの葛西隆司(本田博太郎)が、見事にチームの母親役として機能している(性別が男であっても)。
 いつもチェシャ猫のような笑みを浮かべて本心を覗かせないのだが、亮介とは目で会話し、阿吽の呼吸で話を合わせ、即座に行動する。さぞかし今まで、亮介の無茶を聞き容れ続けてきたんだろうなあ。
 紘一登場の場面でも、紘一に対するメカニックとしての好奇心をわざと露わにすることで、父(亮介)娘(夏実)間の親子喧嘩を見事に仲裁する。
 自分が必要ないと思う状況では眠ったようなふりをして休み、若きメカニック田村孝と夏実の技術向上を促す。
 だが紘一の走りに感化されて飛び起き、マシン調整の指揮を執る。
 そして生意気だが真剣なレーサー柴崎の要求にも、きちんとチューンで応える。
 即応力と対応力がすごい。だからこそシルビアの修理が終わったとき、夏実が葛西に煙草を勧めて火をつけるシーンが、とてもほっこりする。禁煙推奨、クソくらえである。

 このように、この作品は疑似家族を描いているととらえることもできる。となれば夏実と紘一は兄妹関係となり、恋愛として描かれないことに、むしろほっと胸をなでおろす。

▲こうやって食卓を共に囲むことで疑似家族が完成する。
(夏実と葛西が福島の日本酒、紘一と田村が麦茶を飲んでいる)

●登場人物ひとりひとりに意味と見せ場がある

 それ以外の主要キャラクターにも、きちんと見どころが用意されている。そしてそのリアクションはすべて、紘一によってもたらされるものなのだ。

▼シリーズ三連覇のチャンピオン

 小林総一郎(33歳:青柳翔/実走:横井昌志/S15シルビア)は、まずは憮然とし、ムキになり、馬鹿にしたように見えて内心は心配し、鼓舞し、向き合い、そして悟った笑みが自然に浮かぶ。紘一に対してはずっと不機嫌だったのに、最後の破顔一笑は値千金である。
 ちなみに監督によれば、下記写真のシーンは、偶然紘一と会ったのではなく、紘一の不調を知っている亮介が、また総一郎にこっそり頼み、喝をいれてもらったとのこと。そういうところを台詞や演技で語らず、行間に伏せているのが、このアライブフーンの凄いところで、まさしく「考えるな感じろ」である。

▲ともかくガタイがデカい青柳翔が演ずるD-MAXの総一郎。
あしたのジョー』でいうなら力石徹で、紘一(≒矢吹ジョー)の前に壁のように立ちふさがる。
吉川愛とのインタビューはこちら
▲右が総一郎のシルビア(4号機ともいう)。
▲それを実際に駆るチャンピオン横井選手。
▲色こそ違えど、総一郎は普段からシルビアに乗っている。
ただしこのシーンの実走は、中村直樹選手の担当。

▼もうひとりのレーサー

 柴崎快(26歳:福山翔大/実走:北岡裕輔マークII JZX100)は、自信のない裏返しの傲慢さから入り、イライラし、懇願し、虚勢を張り、だが真剣に紘一を見つめ、新たな道を決める。

▲態度がよくない貴公子然としたライバル柴咲を演じた福山翔大。
夏実とのあいだに多少の因縁があるようだが、そのへんは次作で明かされるのだろうか?
ふたりへのインタビューはこちらから。
▲4ドア深紅のマークII JZX100。
▲それを駆ってGRAN TURISMO D1 GRAND PRIX SERIES 等で活躍するTEAM MORIの北岡選手。
▲柴崎の所属するチームスクリューのオーナー役は土屋アンナ
福島日産提供によるメタリックブルーのGT-Rで颯爽と登場する、

▼若き忠実なメカニック

 田村孝(25歳:きづき)は、プロでも難しい「ペットボトル5本倒し」の場面で、不平も不満も言わず何度もセッティングを繰り返し、折れ飛んだリアウイングを応急で修理し、成功するとその短躯を大きく躍らせて「よーし、焼肉だぁーっ!」と大喜びする。
 夏実の変化を受け止めきれず挙動不審になるもの、とてもチャーミング。
 ちなみに鍋のあと、武藤商会に住んでいない田村が自転車で帰宅するシーンがある。これを「飲酒運転」だと言っている人がいたが、そうではない。単純に彼は下戸なのだ。であるがゆえに、しこたま聞し召した夏実に対して「こいつ酔うとしつこいんだよ」と、こきおろす権利がある。
 画面でも、透明な日本酒を飲んでいる夏実と葛西(後に亮介も合流)に対して、紘一と田村が麦茶らしきもの飲んでいることが確認できる(20回以上鑑賞した〈故郷のアライブ聖人〉さんからの情報提供に、感謝)。ビールでもないことは、泡立っていないことと、画面のどこにもビール瓶がでてきていないことでわかる(日本酒の一升瓶は何度も映っている)。

▲葛西の忠実な部下田村を演じたきづき。
真剣なのにコミカルで、そこにいるだけで癒される。

▼劇団ナプロアース

 リアルな世界に生きるべきだと思いこんでいた、ナプロアース工場の桧山三郎(モロ師岡)や山崎(川連廣明)も、本気でレースに打ち込む亮介や紘一を目の当たりにし、考えが変わっていく。

▲モロ師岡演じる桧山は、実際のナプロアース創始者・池本社長をモデルにしている。
手土産を持ってきたときの「やっぱり、あいつは亮介の所に来れて良かったよ」の台詞が秀逸。
▲川連廣明が、工場の先輩・山崎を味のある佇まいで演じている。
よく考えると、仕事では不真面目な紘一の割を食っていて、悪役あつかいは可哀そうw

 紘一がヒーローなのは、eスポーツやドリフトで一位になるからではない。その走りや生きざまを通して、多くの人の生きかたや考えかたを、よりポジティヴに寛容に変えてしまうからである。
 素晴らしい人間ドラマだ。

●おわりに

 この『アライブフーン』、観た人の満足度は高いのにロードショー時にはガラガラの劇場が多かった。
 宣伝費がない。テレビにスポットが打てない(正確に言えば、そんな金があれば作品のクオリティに回すという制作陣のこだわり)。下山監督は、ソウルボートの瀬木直貴プロデューサーと組んで、宣伝のために自身で全国を行脚した。
 並べて評するのが正しいのかどうかわからないが、同様にクラウドファンディングで資金を集めて何とか仕上げ、口コミで広がって社会現象になったものに『カメラを止めるな!』や『若おかみは小学生!』などの例がある。『アライブフーン』もそんな風に広がってほしい(広がりつつあると実感している)。
 だが『カメラを止めるな!』などは、最初は限られた少ない映画館でかかっていた。そこから徐々に身の丈に合う速度で広がっていった。
 『アライブフーン』は、本来イオン系列だけでかかる話だったが、関係者試写によって、ロードショー時の映写館数がいきなり増えた。観たらよさが伝わる作品だから当然である。だが急遽の決定であるせいもあり、予告もかからなかったり、ポスターも貼られてない劇場もあった。
 そして公開から3週間の6月30日、(全部ではないが)増えた公開館の多くで、やむなく終了となった。スタッフの心痛を考えると何とも悔しい。
 その後も上映を続けた稀有な映画館は、ファンの間で聖地認定されていった。いわく:
 心の聖地・フォーラム福島
 北の聖地・ディノスシネマズ苫小牧
 西の聖地・塚口サンサン劇場
 魂の聖地・青森松竹アムゼ
 などなど……

 ともかく、今ここにしかない本物なのだ。ハリウッドが百倍の予算を出したとしても、この映画は撮れない。そういう種類の映画ではない。何十人ものさまざまの分野のプロが、熱く本気になってコストを超える仕事をしている。数年後、同じ体制を作れるかどうかは全く未知数であり、実現したこと自体が奇跡ともいえる。したがって、そもそもの企画原案である無限フィルムズの影山龍司にも感謝したい。
 であるがゆえに、ぼくは自分の力の及ぶ限りのレビューを書こうと思い立った。3回目、4回目と、観る回を重ねるごとに改めて気づくよさも多かったせいで、思わずリピートで観に行きたくなる。

 ぜひ皆さんも劇場で「体感」してほしい。掛け値なしに、日本発で世界に飛翔する作品なのだから。今の雌伏状態から必ずやリフトオフし、凱旋帰国する映画の、最初の目撃者になってほしい。

▼おまけ:メインテーマについて

 エンディングにして主題歌であるNOISEMAKERの「Hunter or Prey」。
 タイトルの本来の意味は「狩人か獲物」かだが、追うものと追われるものが緊迫しつつ入れ替わる「ドリフトの追走」にかけられている。上リンクのМVは、NOISEMAKERのキレっキレのパフォーマンスのなかに、映画のオープニングからクライマックスまでがダイジェストで組みこまれ、映画を観たあなたなら色んな感情とアドレナリンが湧き上がること請け合いである。映画を未見のあなたでも、本編への予感をビシビシ感じ取れると思う。
 完全実写/実車映画を牽引するナンバーで、壁を突破して先に行けそうな気にさせてくれる。メイキングも公開されており、MV監督の大山卓也やメンバーの、想いと本気度が伝わってくる。
 必見必聴!

▼追加:海外動向のまとめ

 あにはからんや、ワーナーブラザーズがアジア各国での配給権を買い上げた。『Alive Drift』と改名し、2022/7/28にシンガポールで字幕でロードショー公開されてから、海外での躍進が始まる。並みいるハリウッド大作や現地制作の映画と並んで堂々の戦いを繰り広げ「陸のトップガン」と称されるようになった。すなわち……

▲アジア各国で、このように順次公開されていった。

 シンガポールでは、興業6位。
 フィリピンでは、25万人動員。
 タイでは大々的に宣伝された。都市部ではオリジナル日本語版(字幕)、地方ではタイ語吹替版で上映され、200館以上で公開。興行9位。人気ランキング1位。下山監督も招待され単に本作に関するものだけでなく、過去作に突っ込んだものまで、何本インタビューされた。
 台湾では、監督はクラファンで集めた資金で台北高雄を訪問。各地で最大6週間のロングランで興行9位。Friday影音にて、2023年春節に配信されるとランキング1位をマーク。引き続きDisney+でも配信となった(そんな台湾からマメに情報を発信し続け、わざわざ日本に見に来てくれるなど計12回以上鑑賞して〈台湾のアライブ聖人〉認定を受けたかたもいる)。
 マレーシアブルネイミャンマーベトナムインドネシアカンボジア(クメール語吹き替え)、ラオスでも公開。
 後にトルコでの公開も決定。

▲台湾では『極速甩尾』のタイトルで公開。
全世界に先駆けて旧正月にネット配信され、大人気となった。

 欧米豪・中国・中東などへのロードショー公開は現在交渉中だが、既にいくつかの映画フェスでは掛かり、成績も上げている。すなわち:
 セルビアは、ベオグラードとノヴィサドのJSFF 日本セルビア映画祭で招待上映。
 オランダは、アムステルダムとロッテルダムのカメラジャパン・フェスティバルで、観客投票3位。
 シカゴのアジア・ポップアップ・シネマ祭では、堂々観客投票1位!

▲シカゴの賞では、現場にスタッフもキャストも行っていなかったので、後日主催者が来日して監督に賞状を渡すというハプニングあり。

 さらには『AliveHoon』のロゴを掲げた中村直樹選手のドリフトカーが、2023年度ドリフト・マスター欧州選手権(5/6~9/16)への参戦が決定し、宣伝を買ってでてくれている。
 ちなみに、日本語がわからない元米国軍人が観ても理解し、感動して自分で宣伝するようになったぐらい、セリフに頼らず、絵と音と動きで表現できている稀有な作品なのだ。そんな彼は、前代未聞の三沢基地での日本映画の上映を、米兵および基地を共用する航空自衛隊隊員とその家族向けに、実現させてしまった(2023/1/14に2回上映)。

▲この快挙は、当然のごとく地元紙でも報じられた。
ポスターを持つのがカーショップピンクスタイルを経営するドナルド・ジャクソン。

 さらには5/6、民間人も登録制で基地内に入れる《映画上映とバーベキュー》のカーイベントを、アンコール開催。しかも満員御礼!。
 地元出身でチームオレンジの小橋正典選手(映画にも少しだけ登場)も、A90スープラで来場し、初観戦のうえ登壇。
 久保川澄花選手は、夏実のチェイサーでの参戦だけでなく、日英通訳まで務め、サインまでする大サービス!
 レーシング監督・中村尚裕レースも臨場!
 本当に夢のような現場であった。
 フクシマ的に言えば、ドリ車版のオペレーション・トモダチ。ありがとう、主催のドンちゃん

▼追加:国内凱旋上映

 こういった海外での追い風を受け、日本ではスタッフによる凱旋公演が計画された。
 と同時に、ファン投票によって劇場公開を実現させるドリパスというサイトで、初登場にして堂々1位を取ってしまった。それによって、2023年になってから、次のように各地で再公開が続いている。すなわち:

★1/15📍TOHOシネマズ 日本橋:監督舞台挨拶付き
満員御礼! にわつとむ(実況)臨場

★1/27📍池袋HUMAX:監督舞台挨拶付き
にわつとむ(実況)&本田博太郎(葛西隆司)臨場

★1/28📍TOHOシネマズ 宇都宮:監督臨場

★2/5📍TOHOシネマズ なんば【本館】<轟音>監督臨場
満員御礼!

★2/5📍TOHOシネマズ ひたちなか
満員御礼!

★2/12📍TOHOシネマズ ららぽーと福岡<轟音>
瀬木プロデューサー臨場

★2/25📍TOHOシネマズ 仙台:監督舞台挨拶付き
満員御礼!

★3/4📍フォーラム福島:監督舞台挨拶付き
満員御礼! 聖地巡礼オプショナルツアーあり

★3/5📍フォーラム福島:監督舞台挨拶付き
前日満員につき、急遽追加公開。

★3/10📍シネマヴィレッジ8・イオン柏<音質保証>監督舞台挨拶付き

★3/11📍青森松竹アムゼ<震災追悼>監督舞台挨拶付き
満員御礼! 上映のに、別会場でトークイベントあり

★3/17📍塚口サンサン劇場<重低音リアル音速>監督舞台挨拶付き

★3/25📍ディノスシネマズ苫小牧<爆音>監督舞台挨拶付き

★4/2📍秋葉原UDXシアター<ドリパスレコメンド>

★4/7📍イオンシネマ名古屋茶屋<特別大音量>監督×横井昌志選手トーク
満員御礼!

 当初5回だけの予定だった凱旋公演だが、最終的にこのように15回となり、そのうち半数近い7回が満員という盛況ぶりであった。
 そんなさなかの2023年5月⒒日、ロードショーから1年近く経ってブルーレイ&DVDの発売が、VAPVIDEOより告知&予約が開始された。
 実際の発売日は7月12日ということだが、コメンタリーや蔵出し映像、メイキングなどてんこ盛りで、ファン必携アイテムとなっている♪ 同時にApple TV+からも満を持して配信だ!
 そして2023年4月3日朝9時、劇場で再上映のためのドリパスでの2回目の投票が2位通過となったため、さらなる追加公開が決定した!

★7/22📍秋葉原UDXシアター<応援上映>監督舞台挨拶付き
満員御礼!

 現在は3回目のドリパスの投票中。これでまた上位通過となれば、見逃したあなたにも劇場で見る機会が訪れる。そんなわけで、ぜひ清き一票を!


●補論:まだ観てない人は観てからでお願い

①なぜ福島なのか?

 正直、初回で観たときには、最後に流れるテロップに驚愕した。津波と原発事故で不遇の、福島に捧げられていたからだ。
 初回の見ている最中では、ほとんど福島を意識しなかった。それは監督のこだわりだ。最初から福島を強調しすぎると「そういう映画だ」と思われてしまう。純粋にレース映画として楽しんでほしい。

 ……からの、急転直下である。
 作中で重要なエビス・サーキットが福島にあったり、ロケのほとんどが福島だったから当然なのだが、もっと大きな意味があった。

 紘一が働くナプロアースは、実際に被災している。放射能汚染区域に工場などがあり、そこでは営業再開できず、廃業も考えた。社員も散り散りになった。けれど地元のため、世界的リサイクルのために、踏ん張って事業を再開した。冒頭の赤い車をプレスするシーンは、震災廃車に対するレクイエム。その想いも作品に投影されている。
 紘一の決勝で、ナプロのスタッフが全力で応援するのは、紘一に復興の思いが重なっているから。

▲桧山と山崎以外は、実際のナプロアース社員が演じている。
通称、劇団ナプロ。

 観客としても同様の想いが甦るのだろう。地元フォーラム福島では、稀有なことに、ロードショーから11週にもわたるロングランを果たしていた。
 実は『アライブフーン』は、海外展開への布石としてクラファンをおこなっている。だがその基金の一部は、福島復興のために寄付されていた。
 なお下山監督は、かつて福島創生ための短編ドキュメンタリー映画もディレクションしており、再生への祈りは強い。

 さて紘一は、どうして孤児なのか?
 行間を読めば明らかであった。両親など自分以外の家族は、東北の震災で亡くなっている。そのトラウマがあるがゆえに、自分の殻に引きこもるしかない。2022年で24歳なので、震災当時は13歳の中学一年生であった。
 冒頭を始め、ナプロアースの倉庫のシーンで、何回か映るミニカーのレーシング・コースに注目してほしい。車の側面にSpecialの文字まである。紘一にとって特別なのは、震災で亡くなった両親から買ってもらった玩具のなかで、震災後に回収できたほぼ唯一のものだと想定できる。形見である。したがって、もうそれで遊ぶことはなくとも、絶対に捨てることができない。そう考えると、たとえe-スポーツだろうと、レースすること自体が亡くなった両親との疑似的なコミュニケーションだといえる。それが最も大事であるがゆえに、職場ではコミュニケーションできない。
 このことが分かった瞬間、涙が止まらなくなった。
 実はこのような純粋なプロットは、むしろ子供にストレートに伝わる。心で通じる。6歳前後でもメッセージは伝わるのだ(5回以上本作を観たのに飽きない坊やが何人もいて、彼らには〈アライブ聖人Jr〉の称号が授与された)。

 とはいえ監督は分をわきまえているので、こんなことを自分からべらべら語ったりはしない。どだい作品で真実を語る人であり、奥ゆかしい。
 かつてさまざまなミュージックビデオにかかわってきた。
 B'zの『FIREBALL』では、リアルに火球を作ってしまって消防上の問題になり、スタジオを出禁になった。
 同じくB'zの『Calling』では、画面に映る雨が足りなくてスタジオを水浸しにし、消……(以下略)
 しかしそれは、リアルを追求するが故であり、職人たちを信じて重んじるゆえあった。
 直前の作品『僕だけがいない街』も、できればネットフリックスで観てほしい。画像に求める美しさ、音に求めるリアルさ、そしてキャラクターの造形、きちんとした物語のプロット。1クール12話の連ドラではあるが、むしろ6時間1本の映画としての完成度を求めた。
 すべてがプロフェッショナルである。

②さすらい人

 口承定型主題という概念がある。主に古英語・中期英語の物語に登場する「一定の描写のパターン」のことなのだが、調べていくと『アライブフーン』の紘一には、この口承定型主題のうち《さすらい人》および《浜辺に立つ英雄》という主たる2つが適用できることに気づかされた。

▲口承定型主題については、主にこの本を参考にした。
中期英語の頭韻詩『ガウェイン卿と緑の騎士』(および少し『ガウェイン卿とラグネル姫の結婚』)に関する研究本である。

 まずは《さすらい人》だが、冒頭部分の状況が、次にあげる構成要素リストに、いちいち当てはまる。

 1)主なき、もしくは寄る辺なき状態:ナプロアースにかたち上は所属しているが、上司の言うこともきかず、仲良くもできない。山崎からの「お前さ、仕事ナメてんの?」の問いかけに、答えられず目を背ける(つまり舐めているw)。
 2)剥奪:震災ですべてを剥奪された。
 3)精神状態の描写:ひたすら鬱屈している。
 4)さすらいの状態又はその状態への移行
  a)母国や愛する者からの離別感:両親を失っている。
  b)出立:ナプロアースから武藤商会へ移籍する
  c)変転:e-スポーツから実車へ
  d)探求:新たにドリフトを学んでいく

 このような《さすらい人》の定型主題が見られるシーンは、常に「死」を想起させる。今風に言うと死亡フラグで、英文学での《さすらい人》では、後に訪れる主人公の死を予告する。
 対して『アライブフーン』では、むろん死とは震災を意味している。紘一は、過去の震災に捕らわれているのである。

③浜辺に立つ英雄

 武藤商会に行ってからの紘一は、一転してもうひとつの定型主題《浜辺に立つ英雄》の条件を備えていく。

 第1構成要素の「浜辺」だが、これは陸と海の境界。ただし浜辺だけに限らず、ふたつの世界の境に立ち、双方を繋げる橋渡しとなっていればよい(例:門、壁、橋など)。本作の場合、紘一はe-スポーツと実車レーシングの境に立っている。

 第2要素は「従者」。これは葛西、田村、夏実というメカニック・チームを表している(対して柴崎は、メカニックと仲良くなれていない時点で《浜辺に立つ英雄》の資格はない)。

 第3要素は「光り輝く描写」。古典文学では、本来的には天界からの聖なる光であろう。本作でも、朝日のなかでトレーニングするシーンが想起される。だがそれだけではない、実車レースに『グランツーリスモ』のパネルの光が重なるシーンが、まさしくこれに当たる。さらには決勝のサドンデス戦が、ナイトレースになって煌々と明かりが照らされていたことを思い出してほしい。監督はこのシーンについて「実際の夜レースで使われるよりも光を多く大きくして演出した」と語っている。

 第4要素は「旅の始まり/もしくは終わり」であり、これは紘一の実車レースに対するスタンスとして、両方とも当てはまる。

 このような《浜辺に立つ英雄》の定型主題が見られるシーンでは、古今東西の物語において「勝利」が確定する(いわば勝利フラグ)。そしてそれが、受け手にカタルシスをもたらす。

従者のいる、境界に立つ英雄が、旅の終わり(決勝のサドンデス戦)に挑む際、コース全体が光り輝くということは……
▲ちなみにこの夜間シーン、横井選手が本気で競ってクラッシュしてしまい、D-MAXのガチのメカニックが、撮影やレースに影響ないよう夜を徹して補修した。

 また古典でよくある《類型場面》の手法も取られている。
 ナプロアースの先輩・山崎と同様のセリフを、武藤亮介が言う。
「ドリフト舐めてんのか?
 これに対して
舐めてないです」と、しっかり返している。これこそ、紘一が《さすらい人》から《浜辺に立つ英雄》に転身した瞬間なのである。
 じっさい亮介は、『グランツーリスモ』の筐体は武藤商会に運びこむが、ミニカーのレーシングコースは持ってきていない(どだいレースには必要ない)。さっき述べたように、後者が死と《さすらい人》の象徴であるため、それを置いてくることによって、勝利への道が拓けたとみなすことができる。

 ちなみに極めて短いミニカーの場面には全体のプロットが隠されていた。
 冒頭で映るミニカーはの2台であるのに対し、途中からが加わって3台になっている。
 劇中での赤を象徴する車といえば、誰もが柴崎の赤いマークIIを思い浮かべるだろう。
 そして白と青の両方が当てはまる車といえば、総一郎のS15シルビアしかない。紘一との初遭遇時、港で追走を仕掛けるのが白シルビア。エビスサーキットのクライマックスで熾烈な戦いを繰り広げるのがレース仕様の青シルビアであった。
 これらを象徴するミニカーを、ナプロアース社に置いたままにしていった段階で、最終的に紘一が「このふたりのライバルの及ばない領域に達する」ということが暗示されていた。

▲武藤商会に運び込まれた『グランツーリスモ』のシミュレーター。
亮介は紘一のドライビングテクニックに「お、うめえじゃねえか」と舌を巻く。

 そんなこんなを意識しているのかどうかは判然としないが、下山監督の演出は、きちんとこれらの定型主題に沿っていた。流石としか言いようがない。

 ともかく、これだけの分量を費やして書くに値する作品であった。熱い想いがあった。
 みなさんがもう一度『アライブフーン』を観る機会があったなら、ここでぼくが語ったことを、少しでも胸に抱きながらであれば幸いである。きっといい意味で、深く抉られるものがあるだろう。
 これまでの全映画史上を考えたうえでも、稀有な作品である。
 刮目せよ!

以上:
19,800字弱(400字詰め原稿用紙換算50枚)
校正協力:カゲはる

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