殿が沈む?
ペットボトル飲料などにある次の文。
沈殿することがありますが、品質には全く問題ありません。
この「沈殿」という文字、変だと思いませんか。飲み物に「殿が沈む」とは、一体どういうことなのでしょうか。
それもそのはず、これはとある理由によって、無理矢理変えさせられた表記だからです。
実は戦後の日本で、漢字を廃止してしまおうという動きが一時期あったのです。そこで暫定的にできたのが当用漢字でした。完全に廃止するまでの当分の間使用する漢字、という意味です。そこでは1,850字が定められ、この範囲内で漢字を使っていこうということになりました。すると、日常的な表現でも使えない漢字が当然出てきます。そこで当時の国語審議会が考えたのが、同じ音の別の漢字に書き換えるという方法です。
冒頭の話に戻ると、これはもともと「沈澱」と書かれていました。さんずいの付いた「澱」は「よどむ」と訓読みします。飲み物の中身が「沈んで」「澱(よど)む」──これなら納得、イメージもしやすいですね。
ところが「澱」という字は当時の「当用漢字表」には含まれていませんでした。そこで、同じくデンと読み、形も似ている──但し意味は全く異なる──「殿」の字に書き換えることにしたのです。こういう無駄な努力を重ねたあげく、生み出された新しい表記は、『ウィキペディア』の例だけを見ても200は下りません。よくもまあこれだけの数を思いついたものです。
しかし、この代用表記が、文字自体が意味を表す漢字の機能を損なうことは明らかです。後に「当用漢字表」は廃止されましたが、代用表記が撤回されることはありませんでした。今となっては様々な学問分野に広がってしまい、その理解を促進するどころか、逆に妨げる要因となっています。具体的な例はマガジン『言葉の覚え書き』でも後々取り上げることにしましょう。
したがって、私は自分の書く文章には、同音の漢字による書きかえは採用しないことにしています。とはいっても、自分でも代用表記だと知らずに使ってしまうことが多々あるので、こまめに辞書を引く作業は欠かせません。「学校で学んだことを忘れる」(アインシュタイン)のは大変です。
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