「鳥貴族」の理念教育に学ぶ学級経営――教師の判断と“行きたくなる”仕組みの構築
第1章 企業理念を活かした学級経営の可能性――鳥貴族の事例からの示唆
1. はじめに
学級経営の在り方を考える際、企業の経営手法から学べることは少なくない。とりわけ、スタッフが自発的に「お客さまの方を向く」組織風土を築き上げている企業は、子どもたちが「他者を思いやる」「チーム全体を考えて行動する」クラスづくりにも通じる示唆を与えてくれる。本節では、焼鳥店チェーン「鳥貴族」が実践する“理念教育”の取り組みを取り上げ、それが小学校の学級経営においてどのように活かせるかを論じる。
2. 鳥貴族における理念教育の特徴
1) 理念理解による“現場力”の向上
「焼鳥屋で世の中を明るくしたい」という企業理念を明確化し、スタッフ全員に共有している鳥貴族では、「スタッフが理念を理解することで、『どうすればお客さまに喜んでもらえるか』と、店の都合ではなくお客さまの方を向いて考えたり、先回りして対応できるようになるのです」1)と述べられている。低価格ながら高価値の商品を提供する理由や意義をスタッフが腹落ちすることで、「鳥貴族愛」を育んだり、仕事への誇りを持ちやすくなる仕組みをつくっている点が特徴的である。
2) 多様なツールを用いた理念浸透
口頭だけでは伝えきれない理念や価値観を共有するために、「鳥辞苑」や「TORIKIWAY∞(トリキウェイ)」「トリキLOVE」など複数の媒体を活用している。スタッフの立場や店舗数の拡大に合わせ、折に触れて理念を再確認できるような仕掛けを整えたことで、組織全体が同じ方向を向きやすくなる環境を整備していると言える。
また、代表者が直接、店長会議やパート・アルバイトの場に出席し、理念を中心とした対話を重ねる取り組みも重要である。売上数値よりも理念に焦点を当てた交流が、スタッフの当事者意識を高め、組織的な統一感とやりがいを生み出している。
3. 学級経営への応用可能性
鳥貴族の事例から見えてくる学級経営上の示唆としては、まず「教師自身の理念・価値観を子どもたちに伝えることの重要性」が挙げられる。企業理念を“焼鳥愛”として現場に根付かせたように、学級でも「いかにして自分たちのクラスをより良くしていくか」「なぜ努力や協力が大切なのか」といった“クラスの理念”を明文化し、子どもたちと共有する意義は大きい。これにより、子どもたちは「単に先生や学校の都合を満たすため」ではなく、「仲間やクラス全体のためにどんな行動ができるか」を考えやすくなる。
さらに、口頭だけでは伝えきれない価値観を周知し続けるためには、学級通信やミニ冊子といったツールの活用が効果的である。鳥貴族が「鳥辞苑」を手帳サイズで配布しているように、教室でも「学級のめあてブック」「学級新聞」など、子どもがいつでも振り返ったり確認できるメディアを用意することで、日々の活動の中で自然に理念を再確認できる仕組みを構築できると考えられる。
また、教師自身が定期的に子どもたちと直接対話する機会を設け、「学級の理念」を中心とした言葉かけを行うことも重要性を増す。売上数値(いわゆる定期テストの点数や通知表の評価)ではなく、クラスとしてどのような力を育みたいか、そのために何が必要かといった問いを共有し合うことで、子どもたちが学級づくりに当事者意識を持ちやすくなるといえよう。
4. おわりに
企業の経営手法と学級経営は、一見すると異なる領域に思えるが、その根底には「人を動かす」「組織を活性化する」という共通の課題が存在する。鳥貴族の理念教育では、理念を「文字」と「言葉」の両方で共有し、かつ時間と場をつくって直接伝え続けることで、現場力を高めている。学級においても、教師の想いを子どもたちと共有し、子ども自身が仲間とともに「学級の理念」をつくり上げていく過程は、クラス全体の結束力を強化し、学ぶ意欲を高めるうえで大いに参考となるだろう。
1) 「販促会議」2018年5月号(宣伝会議発行)掲載インタビュー記事より引用
第2章 教師としての学級経営判断――鳥貴族の経営判断を手がかりに
1. はじめに
小学校教員は年間を通じ、日々の学習指導のみならず、学級の秩序づくりや子ども同士のトラブル対応など、多種多様な「判断」を迫られる。これらの判断は、単に学習要領や指導マニュアルをベースとしたものだけではなく、「子どものため」「クラス全体のため」といった価値基準を含んだ総合的な決断となる。ここでは、焼鳥店チェーン「鳥貴族」を経営する大倉忠司氏の「善悪の判断を基準とした経営」や「当たり前のことを当たり前にできる人材づくり」の方針に着目し、それを小学校の学級経営における教師の判断と対比しながら考察する。
2. 「善悪の判断」を基準とした意思決定
大倉氏は企業経営において、「社員にとって善か。会社にとって善か。社会にとって善か」という基準をもとに迷うことなく決断を下す1)。この方針は、一見するとシンプルに見えるが、学級経営においても大いに示唆的である。たとえば、いじめやトラブルの原因を探る際、教師は「何が正しく、何が間違っているのか」を子どもとともに整理し、判断する必要がある。さらに、その決断が「クラスの一部の子だけでなく、全員にとって良いことなのか」「学校全体や保護者、ひいては社会にとっても正しい方向性なのか」という観点を踏まえることで、ブレのない指導や対応を実行できるようになる。
学級ではしばしば「感情に任せる」「その場しのぎで済ませる」選択肢が生じがちである。しかし、「正しいことを選ぶ」という軸を通して判断を積み重ねることで、子どもたちにも「それが学級や社会にとって善いかどうか」を考えさせる契機を生む。これは企業モラルが社員一人ひとりの行動基準になるように、学級モラルが子どもたちの行動基準になっていくことにつながる。
3. 「当たり前のことを当たり前にできる」学級づくり
大倉氏はまた、「当たり前のことを当たり前にできる人」を育成することの重要性を指摘する1)。これは、企業としてのコンプライアンスや道徳観を維持・向上させるための基本姿勢であるが、学級経営にも直結する考え方である。
3.1 当たり前のことの具体例
• あいさつ・返事をしっかりする
• 時間を守る
• 人の話に耳を傾ける
• 困っている友達に声をかける
• 自分の役割を果たす(係・当番活動など)
こうした基本的な態度や行動を「当たり前」として定着させることこそが、学級秩序の土台となる。ところが、それを「ただ守らせる」だけでは子どもたちの自主性や納得感を伴わず、形骸化しやすい。大倉氏が強調するように、“善悪”の基準をしっかりと持ち、それを自分で選択し続ける過程が大切なのである。
3.2 小学校教員の具体的アプローチ
1. 意図を共有する
なぜ挨拶が大切なのか、なぜ時間を守る必要があるのかを、「相手を尊重する」「社会の一員としての責任を果たす」などの観点から子どもに分かりやすく伝え、子ども自身が「善である行為」として捉えられるようにする。
2. モデルリングとフィードバック
教師自身が「当たり前のことを当たり前に行う」見本となる。さらに、できたときには具体的に褒め、改善が必要なときにはその都度声かけを行う。
3. 共同でルールをつくる
クラス全員で「自分たちの学級の大切にしたいこと」を話し合い、学級目標やルールを設定する。そうすることで、子どもたちはそれを「押し付けられるルール」ではなく、「自分たちで決めた善い行動」と捉えやすくなる。
4. 学級経営と「管理職」的視点の育成
大倉氏は「善悪の判断がきちんとでき、当たり前のことを当たり前にできる人以外は管理職にしない」と明言している1)。学級経営において、教師自身はもちろん、児童にも「リーダー的立場」が生まれる(学級委員、班長など)。その際の選出や育成においても、学力や活動のスキルだけを重視するのではなく、クラスのために地道に当たり前のことを積み重ねる姿勢や、善悪を判断して正しい行動をとろうとする意志を重要視することが望ましい。
たとえば、以下のようなアプローチが考えられる。
◉リーダー選出時の基準を「人としての基本」に置く
◉学級委員や班長などのリーダーを決めるとき、「普段から友達を大切にする姿勢があるか」「当たり前のルールを進んで守っているか」を選出基準に加える。
◉リーダー研修・振り返りの機会を設ける
◉リーダーに選ばれた子どもたちと定期的に話し合いの時間をもち、「いま何がうまくいっているか」「本当にクラスにとって善いことは何か」といった問いを共有し続ける。
5. おわりに
鳥貴族の経営判断において重視されている「善悪を判断する姿勢」や「当たり前のことを当たり前にできる人づくり」は、子どもたちが集団生活を営む学校現場においても、きわめて示唆に富む。教師として学級経営に携わる以上、日々の判断がクラスの方向性を左右する。このとき、企業経営と同様に「自分たちの行動は子どもの成長やクラス全体、学校全体、さらには社会にとって善いことなのか」という基準を持つことで、ブレのない教育実践を行いやすくなるだろう。さらに、当たり前のことを当たり前に積み上げていく学級文化が形成されれば、子どもたちは安心して学習や活動に取り組むことができ、教師も信念をもって指導方針を貫きやすくなる。
1) 大倉 忠司 (2017)『鳥貴族「280円均一」の経営哲学』日本実業出版社.
第3章 「行きたくなる」環境づくり――鳥貴族のバイト体験に見る学級への示唆
1. はじめに
鳥貴族でアルバイトをする若者たちが、「休みの日までお店に顔を出しに行くほど楽しい」と口をそろえて語るのはなぜだろうか。本節では、鳥貴族新卒採用サイトのマネージャーたちのインタビューをもとに、彼らがどのような仕組みや働き方を通じて「仲間たちと共に頑張りたい」「ここに居続けたい」という気持ちを育んでいるのかを考察する。そこから得られる知見を、小学校における「子どもが学校に行きたくなる」学級づくりと教師の心がけに結び付けて論じたい。
2. バイトが自発的に集まる理由
2.1 「楽しそうに働ける」環境づくり
営業部エリアマネージャーの和田氏は、アルバイトスタッフが楽しく働いていない現状に気づいた際、すぐに「月1回のアルバイトミーティング」を立ち上げたと語っている1)。これは、アルバイト同士が情報を共有し、他店舗の成功例を学び合う場でもあり、「もっとこうしてみよう」というアイデアが積極的に生まれる機会となった。具体的には、焼き場担当のスタッフが自ら客席を回って直接お客さまの反応を得ることで、「自分が焼いた焼鳥」が喜ばれている手応えを感じ、やりがいにつなげている。こうした取り組みが各店舗に波及し、スタッフの士気が一気に高まったという。
示唆: 小学校の学級においても、子どもたちが自分の取り組みや成果に対して「クラスや先生、保護者からの反応」を直接感じられる仕組みをつくることで、「もっとがんばりたい」と思えるようになる可能性が高い。たとえば、係や当番活動で工夫したことを全員に紹介したり、学級通信や掲示物などで「〇〇さんのこんな取り組みが、みんなの役に立っているよ」と視覚化したりする。子ども一人ひとりが自分の役割を“誇り”として感じられるシーンを増やすことで、学級全体の士気を高めることができるだろう。
2.2 「給料以外の価値」を見いだせる職場
「アルバイトはただの労働力ではなく、『人生に役立つ経験』を提供すべきだ」という鳥貴族の考え方1)は、スタッフ自身が「ここで働くことには自分なりの成長や意味がある」と思える土壌を生み出している。お金だけでなく「誰かに感謝される」「チームの一員として価値ある働き方をできる」という実感が、高いモチベーションや定着率の源となっているといえる。
示唆: 学校においても、子どもが「勉強を頑張る」「クラブ活動や行事に取り組む」「係や班の仕事を果たす」などの行動において、「テストの点数」や「表面的なほめ言葉」だけに留まらず、「この経験は将来自分を支える力になる」「クラスメイトに喜ばれた」という価値を感じられるよう援助することが大切だ。具体的には、頑張っている子がどんな力を身につけているのかを一緒に言語化し、本人が「将来の糧になる」と実感できるようなフィードバックを行うことが挙げられる。
3. 「行きたい」と思わせる組織文化と学級経営
3.1 役割を与えることでやる気を引き出す
エリアマネージャーの福井氏は、社員の労働時間を短縮する目的で「アルバイトリーダー」を立てた際に起きる問題にどう対処するかが重要だと述べている1)。リーダーを任せることに抵抗を感じる店長がいても、実際には「任されることがうれしい」「責任ある立場だからこそ成長できる」という利点を伝えることで問題を解決してきたという。
また、エリアマネージャーの久米氏も店長時代に、アルバイトスタッフの夢や関心に合わせた仕事を意図的に割り振ることで、やる気を高めたと振り返っている1)。将来教師になりたい子には「新人の指導役」を任せたり、特に夢がない子には「人と関わる基本スキル」を意識して身につけさせる工夫をした結果、店舗全体の雰囲気が活気づき、自然と売上も伸びたという。
示唆: 学級経営でも、子どもたちの興味・関心、将来の夢、得意な領域などを教師が把握し、適切な役割を与えることで子どもの潜在的な意欲を引き出すことが可能になる。たとえば、
◉絵が得意な子に学級掲示やポスターづくりを任せてみる
◉人に教えるのが上手な子にクラスメイトへの学習サポートや班長役を依頼する
◉夢が定まっていない子には「いろいろな係を経験して、まずは幅広い力を身につけてみない?」と声かけする
こうした工夫により、個々の児童が「この学級での自分の存在意義」を感じやすくなり、「学校に行って自分の力を発揮したい」という気持ちを育てることができる。
3.2 他者からの承認と「学び合い」の仕組み
和田氏のエピソードで注目すべきは、アルバイトミーティングで成功事例を共有し合った結果、「自分もやってみよう」という好循環が生まれた点である1)。生の声を聞いてやる気を出したスタッフの話が、他店舗にも広がり、店舗全体の雰囲気が変化した。これは、「実際にやってみて認められた(うまくいった)経験」を共有し合うことで、周囲のスタッフが次々と同様の挑戦を試みるようになる典型例だといえる。
示唆: 学級においても、子どもの成功体験や工夫をみんなで共有する機会を設定することで、良い影響が波及しやすくなる。たとえば、
• 班ごとに週に1度、成功体験を発表する時間を設ける(「班で取り組んだ工夫」「学習で見つけたコツ」など)
• 学期末にクラス全体でスピーチ大会を行い、「自分の成長ポイント」や「クラスメイトの活躍」を紹介し合う
こうした仕組みづくりによって、「まわりから認めてもらえた」というポジティブな感触がほかの子どもたちの挑戦意欲を引き出し、学級全体を活気づける可能性が高い。
4. 考察:子どもが「行きたい」と思う学級の要素
4.1 大切なのは「自分の存在感」と「共同体感覚」
鳥貴族のアルバイトスタッフが休みの日まで店舗に訪れる理由には、「ここに自分の居場所がある」「仲間といたい」「働くことで成長できる」という意識があると考えられる。学級経営でも同様に、子どもが「自分が必要とされている」「みんなの役に立っている」という実感を持てる環境こそが、登校意欲を高めるうえで重要だといえる。
4.2 役割分担や目標設定の際に子どもの声を取り入れる
アルバイトリーダーをはじめ、スタッフが主体的に役割を引き受けることで「自分が変わればお店が変わる」と感じられる仕組みが鳥貴族にはある。学級づくりでも、係や学級委員を教師が一方的に決めるのではなく、子どもの希望や得意分野、課題意識を聞いたうえで役割を割り振る工夫が求められる。その際、「責任を持たせることは申し訳ないから…」とためらうのではなく、「あなたに任せたい。きっとできるし、学びになるよ」といったポジティブな期待感を伝えることが大切である。
4.3 認め合いの文化を育む
お互いの成功体験を共有して真似し合うような「学び合い」は、学級経営においても有効である。子どもたちが「こんなアイデアを試してうまくいった」「班で協力してこういうことを乗り越えた」というエピソードを気軽に共有できる場をつくることで、クラス全員のモチベーションが高まり、結果的に「学校って楽しい」「明日も行って頑張りたい」という気持ちを後押ししやすい。
5. おわりに
鳥貴族のバイトスタッフが「休みの日まで行きたくなる」ほど楽しそうに働く背景には、給料以外の価値、存在意義や成長機会、そして仲間と喜びを分かち合う文化が根付いていることが大きい。それは、学校の学級運営にも多くの示唆を与える。子どもたちが「学級の一員として認められ、自分のやりたいことや得意なことを活かせる」「成功体験を仲間と共有し合える」状況を整えれば、「学校に行きたい!」という気持ちは自然に育まれるはずである。
教師は日々忙しいが、子どもたちの小さな成功をいかに拾い上げ、また個々の興味・関心に合わせた役割を提供できるかを意識するだけでも、学級の雰囲気は大きく変わるだろう。鳥貴族の事例が示すように、子どもたちの主体性ややる気を引き出すための仕組みと雰囲気をつくることが、「誰もが居場所を感じられる学級経営」への近道となる。
1) 鳥貴族新卒採用サイト「社員インタビュー」より(和田 一氏・福井 清成氏・久米 章太氏)