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シェルタリング・スカイ(著:ポール・ボウルズ、訳:大久保康雄) 読書感想文

2023.10.13読了。


詩のような小説。

文章のリズムが心地よく声に出して音読した方がいいように思う。

人間として生きるとは何か。
愛はなんとも儚く切なく。というか愛というものは本当にあるのか?
人間の最期は狂気だけが取り残されるだけなのではないか?
終わっていく人生、黄昏時をただ見つめるしかない人間の様を甘美に描いている。

厳しい現実に対しての緊張で張りつめた視線、しかし同時に官能的で夢幻のようでもある。この美しきコントラストの世界。

サハラ、太陽、アラブ人たち、蝿、戦争、丘、列車、シャンパン、雨、いちじく、暗黒、鷹、塵埃、三人の裸の赤ん坊、ピンクの犬、棕櫚、盲目の踊り子、お茶、らくだ、病、そして庇護する空すなわちシェルタリング・スカイ……「世界」のあらゆるものが蠢いて主人公たちを呪詛する。……いや「彼ら」なりの祝福なのだろうか。

全てを…キットとタナーの間に何があったか意識的にも無意識的にも察して嫉妬し続けるポート。

 「ねえ、君」ポートが言った。その声は非現実的にひびいた。まるで静かな場所で、ながい沈黙ののちに押しだされる声は、ときとして、そうした調子を帯びる。「このへんの空は、じつにふしぎだね。ぼくはよく空を見ていると、それが何か堅固なものでできていて、その背後にあるものからぼくらを庇護してくれているような感じがする」
 キットは、ほんのわずか身ぶるいしながら言った。「背後にあるものから?」
 「そう」
 「でも、何が背後にあるの?」ささやくような声だった。
 「何にもない、と思う。暗黒があるばかりだ。まったくの夜だ」
 「お願いよ、いまはそんなお話しないで」哀願する調子に、苦しみがうかんでいた。「こういうところにいると、あなたの話すことが何もかも怖いの。暗くなりかけたし、風が吹いているし、わたし、がまんできないわ」

(新潮文庫、1991、 p.134)

シェルタリング・スカイを破った背後にあるのは暗黒だ。それは死、あるいはそれ以外のなにかと言い換えてしまってもいいかもしれない。
ただ、その暗黒は恐怖すべきものではないという。
寧ろ安息の点なのである。

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