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Vol.111 「本当に」とか「ちゃんと」とか

 ここ最近の自分は、わかったつもりにならないように「本当に」という言葉を使うことが増えているように感じます。

  • 本当に聴くとは?

  • 本当に人を大切にするとは?

  • 本当にわかるとは?

この「本当に」というところにこだわることで、グッと立ち止まって考える構えが生まれると思っています。

 今日までの成長を経て、ある一定のできることが増えてきました。ですが、できることが増えたことによって、「もうできている」と割り切ってしまう自分もいます。そんなときに毎回「本当にできているのか?」と自分に問うことが大切だと思っています。

 例えば、「子ども主体」ということを大切にしたいと考え、子どもたちの言葉を「ちゃんと」受け止めるということをしたいと考えていますが、ここでも「本当に」ができているかを立ち止まって考えないといけません。

 「本当に」聴くということはどういうことなのか?「本当に」その子を大切にするとは?いつも、この「本当に」聴くというところに迷ったときには嶋野先生のこの言葉を思い出します。

一人ひとりの子どもの発言やノートにあることを聞き分け、聞き届け、見分け、見届けている。子どもの中にあることを引き出し、意味づけたり、価値づけたりしながら広がりと深みのある授業が展開していく。

嶋野道弘(2003),育て!子どもの学ぶ力ー「総合的な学習の時間」の教育原理 P200•201

 この言葉の意味を理解しているとか、この言葉が自分のやっていることの裏付けとなっているとかそういうわけではないんです。まだまだずっとこの言葉がわからないんです。わからないからこそ、ここに立ち返りながら「今の自分はちゃんとできているのかな」とか「もしかしたら今のは「聞き分ける」ということなのかな」とかずっと模索することができます。

 急がず、じっくり、自分のペースで進んでいこうと思っています。

 

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