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漢文の海で釣りをして【第5回】甘い言葉よりも、苦い薬を勧めてくれるのが本当に優しいひと

「忠言、耳に逆らえど行いに利あり。毒薬、口に苦けれど病に利あり」

≪訳≫ひとからの忠告は耳が痛いものだが行いを改めるのに効果がある。濃い薬は苦くて飲みにくいが病気に効くのと同じように。
≪出典≫『史記』留侯世家

日本でも「良薬は口に苦し」という諺で膾炙していますね。
出典となる『史記』留侯世家にこの言葉があることは前々から知っていたのですが、今回改めて原文に当たってみたところ「良薬」がなんと「毒薬」と書かれていました(「毒薬苦口利於病」)。
確かにこれまで留侯世家は訳文しか読んだことなかったな…
いやー、これまで気がつきませんでした。
原典に当たるの大事ですね。

ところが「良薬」が「毒薬」になってしまうと…
「毒薬なら苦いけど病にも効かないじゃん!」とツッコミたくなるかもしれませんが、「毒」という漢字には「濃い」という意味もあるため、この文では毒薬=濃い薬としました。

さてさて。
この言葉の主はは中国古代の名軍師の代表格である張良(留侯というのは張良の別名)。
主君が制圧した敵の都の金銀財宝に手をつけようとしたところを諌めたときのものです。

当時、主君を諌めるというのは文字通り命がけの行為でした。
主君の機嫌が悪ければ逆ギレされて殺されることもあります。
さすがに現代日本では殺されることはないですが、逆ギレされたり、うるさいひとだと敬遠されてしまうことはありえます。
ひとに苦言を呈する、忠告を言うということは大きなリスクが伴うのです。
しかもリターンは決して多いとはいえません。

それでも忠告をしてくれる。

こういうひとがいるということは大変ありがたいことです。
幸せなことと言ってもよいかもしれません。

耳に逆らう忠言をすべて受け入れる雅量をもつのは案外大変なことですが、ならばこそせめて、「良薬」の苦さを厭わずに勧めてくれるひとは大切にしたいです。
本当に優しいひとというのは、決して怒らないひとでも、いつも誉めてくれるひとでもないのです。

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