【歴史本の山を崩せ#036】『世説新語』井波律子(訳注)
≪井波解説が白眉の世説新語全訳≫
『世説新語』は後漢末から東晋期の貴族・人士たちの逸話集です。
脚色や伝承・伝説の類も多く、歴史史料としての信憑性は高くないものの、当時の世相や貴族たちの雰囲気を知るには良い漢籍。
何よりも多士済々・海千山千が遺したエピソードの数々は読み物としても十分面白いです。
後漢末期から三国時代も登場するので三国志ファンもニヤリとするような人物も出てきます。
権力奪取に燃える野心家、亡命政権を支える老練な政治家、清談に耽る貴族、世俗を離れる隠者などなど。
この『世説新語』。
比較的、入手しやすい全訳としては明治書院の新釈漢文大系(全3巻)と、この東洋文庫(全5巻)のものでしょう。
コンパクトな東洋文庫版も5巻に分かれてはいますが千を超える逸話をすべて収録。
抄訳ではない上に、白文、書き下し文、現代語訳を完備し、簡単な語注と全エピソードに井波律子さんの解説がついています。
文字で説明されるだけではパニックになるほど複雑な貴族社会の血縁関係。
要所要所に系図が載っているのもポイントが高いですね。
意外な人物が、意外なところで繋がっていたりするのがわかる。
三国志、水滸伝などで中国古典文学の全訳に実績ある井波さんの仕事。
流石に無難な訳になっているので安心して読めます。
詳細な語注が欲しい場合は明治書院版の方がよいでしょうが、東洋文庫版は特に井波解説が非常によい。
同じ人物のエピソードが他のどの篇に載っているかがフォローされています。
この部分だけでも大変な労力が掛けられている本だということがわかります。
千を超える各エピソードは一条ごとにそれぞれ完結しているので単独でも十分に読むことはできますが、井波解説をフル活用するためには是非とも5巻とも揃えたいところですね。
蛇足ですが大学生のとき、先生が「東洋文庫は揃えて持っているだけでも財産となる」と言っていました。
一般書店で購入できるもので、この叢書でしか読むことが出来ない文献は数え切れません。
緑色のクロス装に背表紙に箔押しされたタイトル。
黄色の函は本棚に並べるとカッコいいんですよね。
東洋文庫、いいですねー。
『世説新語』(全5巻)
著者:劉義慶/井波律子(訳)
出版:平凡社(東洋文庫)
初版:2013年(第1巻)
本体:3,000円+税(第1巻)
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