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クドカンの『いだてん』は絶品

東京オリンピック2020が始まりました。直前に『いだてん』総集編が再放送され、個人的に『いだてん』熱が高まってしまいこのnoteを執筆しました。

ドラマファンにとっては、『いだてん』が生まれただけでも東京オリンピックは開催した意義があったのではと思うくらい笑、傑作でした。

本当に『いだてん』の魅力は語り尽くせません。『いだてん』という一つのドラマでありながら、大河ドラマという枠とスケールを生かして、全47話幾つもの要素が絡み合っています。例えるなら「一層一層違った味が楽しめるミルフィーユ」です。それでいてずっと一貫して面白いんですから奇跡のような作品です。

今日はその『いだてん』の素晴らしさを12コ挙げました。あくまで一視聴者の感想文ですのでご了承ください。

1. オリンピックの歴史が知れる

近年のオリンピックは記憶に新しく映像にも残っていますが、戦前のオリンピックがどんな感じだったのか、知らなかったことがたくさんありました。

初出場した1912年ストックホルムオリンピックの日本選手団は、大森監督は病気でまともに指揮ができず、三島弥彦は欧米の選手に全く歯が立たず、金栗四三は途中で道を間違えて失踪という、かなりのグダグダっぷり。

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そっかこの時代、選手は自分が今どれくらいのタイムで走ってるのかわからないし、観客は目視の範囲でしか競技を見れないし、大衆は翌日に新聞で結果を知るんだいう、今とは全然違う状況だったんだなというのがわかりました。ただ単に史実を学べるだけでなく、ドラマとして映像で体験できる良さがありました。

また、オリンピックを軸に近代史を見ていくのも面白かったです。日中関係が悪化する中でも、中国は1940年東京オリンピックに投票してくれてたんだなとか、こちらも知らなかったことがたくさんありました。

2. 日本の女子スポーツ発展の歴史が知れる

もう一つテーマとして区切るならば「女子スポーツ」発展の歴史ですね。『いだてん』で登場した女性選手を時系列順に並べてみます。

1. シマちゃん
金栗四三や三島弥彦と接するなかで、劇中の女性で初めてスポーツを始めたのがシマちゃん。早朝に人目を忍ぶように走っていた。自身は結婚、妊娠、子育てとなり選手生命を諦めてしまうが、後述の女学生たちや、人見絹枝を見出した。
2. 第二高女の生徒たち
金栗四三やシマちゃんと接するなかで、スポーツの楽しさに目覚めていく。競技会で脚を出して走った村田さんは、父親から恥晒しと言われ揉める。
3. 人見絹枝
日本人離れした身体は周囲から「バケモノ」と呼ばれていたが、シマちゃんに見出され陸上を始める。1928年アムステルダムオリンピックで日本人女性初のメダルを獲得。その後も女子スポーツ普及のため精力的に活動したそうです。
4. 前畑秀子
1932年ロサンゼルス五輪で0.1秒差で銀メダル、4年間の猛練習を経て1936年ベルリン五輪で悲願の金。この頃には女子スポーツへの抵抗は少なくなったように感じる一方、次は金メダルをという国民からの期待・重圧が凄かったですよね。(第36回「前畑がんばれ」について後述します)
5. 東洋の魔女
周りの女性はお嫁に行く年頃、「鬼の大松」のもとでバレーボールに打ち込み、1964年東京オリンピックで金。人見絹枝や前畑秀子の時代とは違い、お国のためではなく自分たちのためにバレーボールをする姿が強調されていました。

早朝に人目を忍ぶように走っていたシマちゃんから、自分たちのためにバレーボールに打ち込んだ東洋の魔女まで、徐々に女子スポーツが日本社会に受け入れられていったのがわかりますよね。大松が選手のお見合いまで同行したエピソードはまだまだ時代を感じますが。

3. 金栗四三と三島弥彦ってこんなに対称的だったの

序盤にクローズアップされるのが、1912年ストックホルムオリンピックに日本人で初めて出場した金栗四三と三島弥彦。
弥彦は東京の名家出身、四三は熊本の農家出身。かたや東大でスポーツ万能のエリート、かたや「ばってん」とか「そぎゃんですか」とか言ってる芋っ子ですから、最初の二人がこんなにも対称的だったのかというのが面白い。

これがまるで『あまちゃん』のアキとユイのようで、最初は挫折を知らないように見えた三島弥彦も、実は母親から理解を得られていなかったり、オリンピックでは欧米の選手に全く歯が立たなかったりと、苦悩する一面が見られるのも良い。関東大震災後の運動会で「僕が走らなきゃ締まらんだろ」と出てくるところまで含めて、魅力あふれるキャラクターです。

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4. 関東大震災と『韋駄天』

正直、金栗四三と言えばストックホルムでの失踪事件がいちばんのヤマなので、それが12話で終わった時に「あれ、これ以降はどうするんだろう」という思いがありました。

そこから、箱根駅伝や女学校への赴任といったエピソードがありつつも、ちょっと弱いなという印象が否めなかったのですが、そこにやってきたのが1923年の関東大震災でした。

シマちゃんの行方がわからなくなるなか、四三は持ち前の脚を生かして食べ物を配り歩きます。『韋駄天』とは「苦しんでいる人たちのために、食べ物を配り走り回った神様」なんだそう。

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そうか、走るのが早いから「いだてん」なんじゃないんだと。やられました。

災害に対し、スポーツは無力です。しかし、災害に遭った人々を勇気づけることはできます。

それは落語も同じです。復興運動会で、金栗四三と古今亭志ん生がついに邂逅する。前半終了。タイトルの伏線回収して、もうこれで終わって良くないかくらいの完成度。

5. 田畑政治に主役が交代し、面白さが加速

後半、まーちゃんこと田畑政治に主役が交代します。まーちゃんは資金確保のため高橋是清に「金も出して、口も出したらいい」と言っちゃう、メダル至上主義の合理主義者。正直、四三ロスを発症していた私には「こんな奴が主人公でいいの?」という思いが拭えません。

しかしなぜだろう、なんか後半になってより話が面白くなっていく気がするんです。田畑政治になって、今までは参加するだけだったオリンピックを東京に招致しようとなり、政治や国際問題がより近い出来事として描かれるようになった、というのが理由としてあるかもしれません。「#いだてん最高じゃんねえ」がTwitterでトレンド入りするようになったのもこの頃。

この現象、『あまちゃん』が故郷編から東京編に移ったことで面白さが加速したのと似ている気がします。最初こそ、せっかく海女で北三陸を盛り上げたのに、東京行っちゃうなんてもったいない!と思っていたのに、東京編のほうがGMT47や鈴鹿ひろ美など、なんだかんだ展開が面白かったように。このギアの上げ方もズルい。

6. ロスとベルリン、東京はどっちを目指す?

1932年ロサンゼルス五輪は、色とりどりの花が咲く選手村で各国の選手団が入り混じって生活している、此の世の楽園みたいな描写が印象的でした。まーちゃん率いる日本水泳チームは金メダル5個と圧勝。しかし、金メダルの5人よりも銅メダルの大横田や出場できなかった高石らの描写に時間が割かれていたのが印象的でした。

1936年ベルリン五輪は一転して、ヒトラーによって管理され、ナチスのプロパガンダに利用された大会。まーちゃんの「なんか違う」という表情が忘れられません。

そして、1940年の開催地となった東京。ロスとベルリン、どちらのオリンピックを目指すの?というと、ベルリンになりそう…という流れが、本当に残酷です。そして、追い打ちをかけるように、嘉納治五郎が逝去。組織委員会は求心力を失い、日中戦争も激化、結局1940年のオリンピックは中止となります…

7. 時系列操作と第3の時間軸

『いだてん』は副題『東京オリンピック噺』の通り、1959年の古今亭志ん生や五りんが、金栗四三や田畑政治の物語を落語で語るという設定です。

ですが終盤、1964年東京オリンピックを前に、この二つの時間軸がついに合流するのです。

クドカンはよく時系列操作をします。前述の通り『いだてん』では「①金栗四三・田畑政治の時系列」と、「②それを語る古今亭志ん生や五りんの時系列」があります。しかし、その背後に「③それを見ている2020年東京オリンピック目前の私たち」を考えざるを得ないという、、!この見えない第3の時間軸が、我々に強烈な社会性・メッセージ性を感じさせるという、高等テクニック。

とは言っても、関東大震災からの復興を謳って招致したものの、戦争が激化し開催が疑問視されるという1940年東京オリンピックまでの流れのほうが、コロナ禍の私たちに近い気がしますけどね…

8. 「え、これも実話なの?」がたくさん!

『いだてん』は脚本執筆にあたり何年間もかけて、個人の日記や文集、論文など誰も知らないような文献をひたすら集めたそうです。そのおかげで、解説記事や公式ブログなどを見ると「え、これも実話なの?」というおもしろエピソードがたくさん。

例えば、三島弥彦が所属する「天狗倶楽部」。はいはい、クドカンが好きな男子校ノリのやつねと思ったら、実在した日本初のスポーツ同好会だった!笑

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他にも、古今亭志ん生が静岡に行った時、まーちゃんの家に居候していたエピソードも、40年前の浜松のローカル誌に載っていたという実話。1話で登場したタクシー運転手(角田晃広)が、終盤で聖火リレーの踏査隊に入隊するのも、森西栄一という実在した人物のエピソードだったという。

大河ドラマだからこそ集められた、膨大な資料をもとに作られた、本当に奇跡のような作品です。

※ 完全に余談ですがこのシーンめっちゃ笑いました。

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9. 史実に物語を加えることで、感動へと誘う

第36話「前畑がんばれ」では、前回のロス五輪で0.1秒差で銀メダルとなった前畑秀子が、国民からの期待と重圧を背負い4年間猛練習を積んでいました。思ったことをすぐ口に出すまーちゃんも、さすがにそんな前畑には気を遣い「がんばれ」と言わないようにしようというシーンがあります。

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そんな中迎えた本番。ドイツのゲネンゲルとのデットヒート、実況の河合アナもまーちゃんも、もう「がんばれ」しか出てきません。国民全員で「がんばれ、がんばれ」と応援する姿は、見ていて涙が溢れました。

有名な史実も、その瞬間に至るまでの物語を付加することで、さらに視聴者を感動させるという用意周到さ。

最終回のいちばん最後のシーン。金栗四三はストックホルムオリンピック開催55周年記念式典で、「54年と8ヶ月6日5時間32分20秒3」とタイムを告げられ、「実に長い道のりでした。走ってる間に、妻をめとり、六人の子と十人の孫が生まれました」とスピーチします。

このシーンも、『いだてん』全47話を見てきた私たちには、本当に長かったんだなという重みが感じられます。全47話を見てきたからこそ得られる感動です。

10. 名もなき登場人物が物語をつなげる

大河ドラマでは、実在の人物は好き勝手に脚色できませんが、名もなき人物は脚本家が自由に書くことができます。

キャラクターの役割を並べることは人物を記号的にしかねないのですが、あえてまとめてみるならば、シマちゃんは最初に女子スポーツを始めた人、人見絹枝を陸上に見出した人、関東大震災の犠牲者の象徴という大きく3つの役割がありました。

小松くんは第二次世界大戦の犠牲者の象徴であるとともに、志ん生が『富久』で走る場所を日本橋から芝に伸ばしたきっかけを作りました。

そして五りんは、志ん生とともに物語の語り部を務め、四三とまーちゃんと志ん生をつなぎ、最終回で富久を走るという、ストーリー上欠かせない役割を果たしていました。

シマちゃん、小松くん、五りんといった名もなき登場人物が、バラバラの物語を一つにつなげる鍵となっていたのです。

11. 今の私たちに響く名言の数々

「今の日本は、あなたが世界に見せたい日本ですか?」

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嘉納治五郎に対し1940年東京オリンピックを中止するよう進言した田畑政治の言葉。これが本当に、今の私達に響くわ響くわ。オリンピックが大好きなまーちゃんだからこそ、「オリンピックに失礼」という理由で中止を求めるというのが見ていて辛かった。

「アジア各地でひどいこと、むごいことしてきた俺たち日本人は、面白いことやんなきゃいけないんだ!」

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この台詞にはクドカン自身の創作活動への思いが表れている気がします。災害、戦争、残酷な現実を、スポーツや落語などの娯楽(虚構)はどうしたら「面白く」できるのか。

『いだてん』はオリンピックを「面白く」しようと走り続けた人たちを描いたドラマでした。果たして、今の東京オリンピックを「面白く」しようとしてきた人たちはどれくらいいるのでしょうか。

この他にも数々の名言があるのですが、挙げたらきりがないのでここまでにしておきます。

12. 最終回、富久を走った五りんに脱帽

最終回、聖火ランナーとして走った五りん(正確には、聖火ランナーの並走者)。その後、志ん生の富久を聞くために、国立競技場から芝へと走ります。父が書き記した言葉がやっとわかりました。『志ん生の富久は絶品』だと。(ちなみに開会式当日に古今亭志ん生が『富久』を話していたのも実話!)

その後、ちーちゃんの出産の知らせを聞き、今度は芝から浅草の病院まで走る。まさに富久のルートです。シマちゃん、陸、五りんと受け継がれてきたバトンが、また次の世代へと続いていく。

スポーツは、オリンピックに出れるような一握りの選手のためにあるわけではありません。誰も見ていなくても、走るのは楽しい。最終回にして、オリンピックと同じくらい、名もなき人物の私的な走りに時間を割いたことに、脱帽しました。


以上、『いだてん』愛を書き連ねていたら5,000文字を超えていました。長々とすみません。クドカンの『いだてん』は絶品です。


いつもありがとうございます!