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竹美映画評⑮ 認識の大転換 「マッキー」("मक्खी"、2012年、インド(ヒンディー版))

少し前に、「君の名は。」の回で、インドでは前前前世から〜なんて簡単に言っちゃあいけない、と憶測を書いたが、本作パンフなどを読んで、本当にそうかもという気がしてきたわ。

「マッキー」、久々に見ました。お友達のご厚意で、彼氏と二人で見させていただき…ありがとうございました…おまけに何とトークイベント終了後のジャンケン大会で彼氏が勝利してしまい、記念品まで手に入れてしまってびっくり!!!!

冒頭のトークイベントでは、本作監督で「バーフバリ」監督のラージャマウリ監督(創造神)は、タミル映画界のシャンカール監督(「ロボット」「2.0」等)と並ぶ、南インドの二大頭おかしい系(褒めてるよ!)監督だと聞いたのと、「よく見ると一番おかしいのはヒロインだ」というツイートを先入観として持った状態で改めて観た本作はどうだったか…

向かいに住む娘、ビンドゥ(サマンサ)に恋している若者ジャニ(ナーニ)は、彼女を自分のものにしようとする大企業社長のスディープ(スディープ)に目をつけられ、殺害される。ヒー。だがその魂はその近くで孵化しそうになってたハエの卵に宿り、ハエとなって復活。スディープ社長に復讐を誓うのだった。

去年「バーフバリ」の後にNetflix(だったかな)で本作を見た時はそこまででもなかったの。ハエと社長の動き方を見て、インド男の執念ってすげぇなと思ったが(当時はメキシコ人と暮らしてたのでラテン男やべえなと思ってたが…今じゃそれを凌駕すると思われるインド男である彼氏と暮らしてるゴゴゴゴゴ竹美さん)、色々インドについて知った今、よく見たら創造神の作り出した美しい世界の中で、主役たちが徐々に狂って行くサイコホラーだった…。色使いも鮮やかで映像も美しくて、「ザ・フライ」もびっくりなハエ誕生シーンも、最初はちょっと不快感があるんだけど、色々なことをものすごく明るく楽しく描いて見せつつハエに観客を馴らしてしまうの。観てるうちに「あんたそれ、ハエだよ」という突っ込みが自分の中でも薄れていくの。ラージャマウリに持ってかれている。

ハエになる前の男子、ジャニが既におかしい。2年間もこっちを振り向かないヒロインに恋し続けているのも普通ではない(それを裏付けるのが彼の親友の言動)。でも一番やばいのは、実は気があったのに2年もじらしたヒロインで、マイクロ・アーティスト(って言うの?知らないw)のビンドゥよ。演じるサマンサの持ち味なのかもしれない。彼女って「ランガスタラム」の土埃に汚れてサトウキビ齧る田舎の娘役がドンピシャなんだけど、その純朴さが、発達の方向性によっては狂気に近いということを図らずも体現しちゃった。日本的な言い方ならば、ビンドゥはかなりのこじらせ女子にも見えるが、そうとだけ見ると彼女の狂気を理解できない気がする。ジャニの死後に「2年も焦らすんじゃなかった…忘れられないの…」と後悔っておいwそれを聞いたジャニ=ハエ君、感動。おいおいw

考えてみれば…「マガディーラ」のミトラ姫も重症な夢女子で絵師殿だったし、「Vikramarkudu」のアヌシュカがやったニーラジャも、自分がやったいたずらのせいで気ぃ失ったおじさんを助けた通りがかりの詐欺師に一方的に惚れるけど、肝心なところでは焦らし、かと思えばすごい大胆という挙動のおかしい女だった。「バーフバリ」でもデーヴァセーナ姫の振る舞いはそんな感じが…シヴドゥに牛と対決させたり、船に乗ったら乗ったで大津波起こしたり(起こしてない)。アヴァンティカはどっちかと言えば夢女子系。監督、焦らしたり妄想したりする女が好きなんだな!?!?そうなんだな?!?!?まあそういう女じゃなければあの迫りくるインド男の情熱(狂気)を受け止めきれまい。でも全員成功するんじゃなくて、ラグヴィールとかスディープ社長とか、バラーラデーヴァのように、どうしても女に受け付けられない男っていう系譜も必ず描いている。

どうしてダメなの!?ワルだからよ!!!!!!

あと出ました!インド映画の宝、困ったときの呪術師です!どっから出てきたんだよ!何で知ってんだよ!と突っ込みをすべて無効にし、悪役に悪知恵を授けるわ。シーンに無いけどアレ絶対スディープ社長から大金ふんだくってるよ。呪術師と一緒に儀式する社長、魔法陣がかっこいい!

テルグ映画「Arundhati」では、呪術師たちは、ワルのパスパティを悪鬼にしてやったかと思えば、ジェージャンマをその悪鬼を倒す武器として転生させるという技とその人間界からの距離の取り方に注目だわ!!!!?厨二病の宝庫だわ!?!?!そしてヒンドゥーの話なのに、エクソシズムをやるのはムスリムパワーなのね(マレーシア映画「ポンティアナクの復讐」にも同じモチーフが出ていた)。まあ結局ジェージャンマ様のお力(怒れる女神モチーフ)が勝つんだけど…

本作の中で割とまともな人たちは、主人公たちの周囲の人たち。ジャニであれば親友、ビンドゥで言えば義理の姉、社長で言えばビジネスパートナー、アディテャ。アディテャは「周辺の人」の中で唯一「あ!ハエが本当に転生してる!」と信じちゃった人なんだけど、信じたとたんにあの末路だから、やっぱりハエの一件は触れたらいけない秘密なんだね。そう考えるとホラーよ。ビンドゥもハエの狂気を信じた瞬間が危ないはずだったけど、彼女はもともと常人じゃないから世界の大転換にも耐えられたの。世界が転換した後は怖いもの無しといった感じ。元々あんな小さいもの作っちゃう工作王だし、インドのファンタジー文庫みたいなのをたんまり読んでたんじゃねえか(偏見)。…インドの神話もすごいし、インド映画自体があの有様だから…環境的には近いのかも…

スディープ社長は、かっこいい色気ムンムンの悪役を見事にこなしてた。役者本人も結構うれしそうだった。団地構想のプレゼンでハエのことを言い出す辺りで、あ、もう本当に狂っちゃったんだと分かる。画面にハエが映ってるから観客は理解できるけど、これ、ハエ映さないか、周囲の人が信じてくれないととガチホラーだからね。ハエの歌も「1.お前を殺す、2.お前を殺す…」の殺しの数え歌に何のユーモアも無くて本当に怖い。ハエになったことで、ジャニの方も何か人格変化してないか。確かに歌では「地獄から来たハエ」って歌ってるからね。

ラストシーン、これはね、私、ビデオで観た時から思ってたけど怖い。

普通に観ればよくできたコメディだし、非業の死を遂げた主人公が血みどろの復讐を遂げる王道テルグ映画なんだけど、そこにちょこちょこと狂気の世界が混ざってくる感じ。だって父の仇を息子がとるんじゃなくて自分でやっちゃうんだから。効果音楽が魅力的だけど、うっかりするとどっか連れていかれそう。そもそもどうしてこんな話作ろうと思ったんだろう。考えると狂いそう。

この1年、インドの人と過ごしてみて、色々なものの認識のしかたとか、価値観とか、私の中でも転換したものがあるかもしれない。私…何か転換してもビンドゥのように平然としている境地に至ろうとしているのかしら…私が不思議。

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