ありがとう、ラッファエッラ・カッラ
イタリア半島の上から下まで
ラファエラ・カーラというイタリアの女性歌手のことを知ったのは10年位前じゃないか。イタリア人の友達が複数回にわたり力説していたので何となく覚えてしまった。
曰く「ラファエラはあの保守的なイタリアのテレビで初めてへそ出して踊った女よ!イタリア半島の上から下まで愛するのよぅッ!みたいな歌を歌ったわ!」
「フランコ政権の終わったスペインに渡ってスペインを解放したの!アモーレで!!!」
飲み会中の言葉だったような気もするし、そうでもなかった気もするが、彼女のセリフを書くとどうしても語尾に「!」を入れたくなる。
それから数年後。少しの間だけ、チリから来たゲイと仲良くしていた時期があった。東京の中野の古い二階建てアパートに暮らしていた彼の家に行ったとき、彼が不意に漏らした言葉にハッとした。
「ところで、ラファエラ・カーラのことだけど…」
「どうして知っているの??」(日本人相手に不意に持ち出すワードとしては随分奇矯ね)
「チリで人気だよ。ほら」
チリの首都、サンティアゴのゲイクラブでラファエラ・ナイトをやるという広告を見せてくれた。
…往年の女性歌手のイベントをやるゲイクラブ…相当場末に違いない…
と思ったが、その少し前に新宿二丁目で「弘田三枝子ナイト」に行ったじゃないかと心の声が。ゲイが「人形の家」を大合唱し、ミコちゃんも大喜びだった。
世界は大体同じなんだな。そういうのを知るとおかしいのと共に、世界中のどこに行っても似ている感覚のオネエがいるのだという気がしてなんかうれしい。
そのときの彼とは特に進展なくわってしまい実は結構がっかりしたというのは余計なお話。今どこにいるのだろう。彼の言葉で印象的だったのは実は別のこと。
「チリでは同性婚ができるけど、それは結局お金持ちの人たちのためのもの。普通の人は大変」
レインボー革命の真っただ中にある世界のリアリティだろう。
さて時は流れ、私はインドに流れ着いた。最近不意に彼女のことを思い出し、家で彼氏と飲んでいるときにテレビでYouTubeの動画を流してみた。
ちなみに、家飲みでは彼氏と私の密かなチャンネルの奪い合いが繰り広げられている(私だけ?)。正直単調(ごめん)なボリウッド音楽に飽きていた私は、彼氏の不意をついて自分の観たい動画をねじ込んで見せている。無反応のこともあるが、彼のゲイネスに引っかかる場合もあり、試す余地がある。これはゲイとしての基礎教養だから!と嘯いて何とか教え込むのだ。
ある日しれっとラファエラを流してみた。彼氏は好反応だった。彼女自体にもショックを受けていたようだったが、周りのダンサーがどう見てもオネエさんなのがツボだったらしくしばらく喜んで見ていた。しめしめ、これでまた家飲みで観る動画の幅がひろがったわい…。
男は育てなきゃ!
その女、ラッファエッラ・カッラ
前置きが長いが…今回お話したいラファエラとはどんな人なのかをここで少し説明する。
私の耳ではラファエラ・カーラと聞こえていたのだが、綴りの通り
Raffaella Carrà
をカタカナにしてみると
ラッファエッラ・カッラ
となるか。イタリア語で伸びる音に聞こえるところにはアクセントがあるから「ッ」と書いた方がいっそ原音に近いと思う。おまけに「カッラ」は「ラ」の方にアクセントがあるので多分強めに「ラッファエ~ラ・カ~ラ!」みたいになるのではあるまいか。以降ラファと表記しよう。
1943年にイタリアのボローニャで誕生、テレビや映画で活躍し、アメリカでも映画に出演。60年代後半から歌手活動を始め、イタリアでヒット曲をいくつも出したあと、スペインでもデビューして一世を風靡した。テレビ番組の司会者としても活躍して2021年に亡くなった。
ここでゲイ好きする歌手の誕生年を並べてみた。
1915年:エディット・ピアフ誕生
1922年:ジュディ・ガーランド誕生
1937年:美空ひばり誕生
1942年:バーブラ・ストライザンド誕生
1943年:ラファ誕生
1946年:シェール、ライザ・ミネリ誕生
1947年:弘田三枝子誕生
1948年:オリビア・ニュートン・ジョン誕生
1958年:マドンナ誕生
1962年:松田聖子誕生
1963年:ホイットニー・ヒューストン誕生、エディット・ピアフ没
1969年:オム・ジョンファ、マライア・キャリー、レネー・ゼルウィガー誕生、ジュディ・ガーランド没
1977年:安室奈美恵誕生
1978年:竹美誕生(←恥というものをご存じ?)
1981年:ビヨンセ誕生
1986年:レディ・ガガ誕生
※バーブラの方がラファより先だった上存命というのがすごい。
イタリアのテレビ史上初、へそ出して踊った女
ではお待ちかね、ラファエラの最初の偉業、テレビに出てマイクの前でへそ出して踊ったという歌、「Tuca, tuca」をどうぞ。
フルコーラスバージョンはこちら。
繰り返される「Mi piaci(あなたが好きよ),(ぼよーん) あーはーん」という煽情的な歌とこの顔!!美しいだけでなくユーモア(=余裕)も感じられる。
「イタリアはヴァチカンもあって保守的なのにアモーレ(愛)の国なの!」
友達の声が脳内にこだまする。
保守的でありながら情熱的なイタリア女であるラファ。イタリア人の持つ保守性が、彼女の表現にエレガンスを与えているのかもしれない。煽情的なのに下品にはならないのだ(下品なのも好きよー)。ファッションの国でもあるしね。
「迷ったら黒を着るのよ!!!」「日本人は色々身に着け過ぎなの!」
また脳内で声が…。
スペインを解放したラファ&オネエダンサーズ
ラファはやがてスペイン語圏でも歌を出す。映像は80年代と思われるが、この「Fiesta(まつり)」のビデオにやられた。
彼女はもちろん美しく元気、段々熟女感も出て来て更に素敵なのだが、後ろのダンサーに注目していただきたい。絶対姐さんだろ!!!きわめて保守的な嗜好と持つ彼氏をも納得させたオネエダンサーのパワーに震えて欲しい。
Wikipediaで、ラファはLGBTをサポートしていたと書かれているが、うん、そうでしょうね、こうしてオネエダンサーズを引き連れて世界を回り、ゲイの雇用を助け、イタリアとスペイン語圏にアモーレを届け、チリのオネエどもに場末の(誹謗中傷)ゲイクラブできゃあきゃあ踊るというささやかな喜びを与えて下さったのだ。彼女は愛の伝道師だ。
80年代のラファ。女は40からよ!!!
彼女の歌は70年代ディスコの歌ばかりだったので、少し私の好きなテイストから外れていたのだが、最近YouTubeさんが私の心を見抜き、80年代後半、既に40代に入ったラファの動画を届けてくれた。最高なので続けて視聴してね!
「1, 2, 3, 4, Dancing」80年代だ!!肩パット!!!そして相変わらずのダンスとユーモア。英語の歌を出していた。歌詞の内容もよいのだ。40代で「I am a sexy lady」と歌って踊るラファ。ここでまた脳内にイタリア人の友達の声が響く。
「イタリアでは女は40から!!!若造はこぞって年上の女とデートしたがるの!!!!」
セクシーな服装で歌い踊る、なんて同時代では既に若い女のやることだと言われたかもしれない。年齢や加齢をものともせず踊りまくるラファ。いやむしろそれを味方につけている。シェールも似たようなところがあるし、日本なら小柳ルミ子(1952年生まれ)がそうだ。若いころより暴走し始めた頃が面白い。
麻倉未稀版とは歌詞まで変えてやりたかったことがこれ!!!いいね。
更にラファのユーモアのセンスが炸裂している。
「Rosso」。訳が分からないステージだが、ゲイには魅力的だ!!!やりたい!!!この布は何なんだ!ダンサーの角度は一体!!!そして演奏し終わった後のカーテンコールとその後がウケる!!!!これ多分彼女の持っていた番組なんだろうな。はーいみんなーおつかれーーー。
Total eclipse of the heart。ありがとう。ラファ。元の曲のビデオも変わっていたけどこちらも好き。
こんなのまで歌っていた。これでラファを嫌いになるオネエはいまい。
Youtubeのおかげでそれまで知りもしなかった往年の人々と出会い、感激して好きになることができる。色々とインターネットの弊害も感じる中、ラファエラはずっときらきら輝き続けることだろう。
追記。ユーチューブが教えてくれた。マドンナがラファエラの番組に登場して歌っている。英語の堪能なラファエラは直接インタビューしている。