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竹美映画評51 悪魔は不都合な真実を隠蔽する 『ダーク・アンド・ウィケッド』(“The dark and the wicked”、2020年、アメリカ)

今年劇場で観た作品も観た映画も少ないけど、本作は今年の一番かな。二番目は『マリグナント 狂暴な悪夢』だな。

『ダークアンドウィケッド』は、あまりにも悲しいホラー。もはや死だけが安らぎなのではないか、悪魔に降参してしまう方が楽なのではないかと思えてしまった。そして実際のところ、登場人物の心理もそうだったのではないか。そんな家族の崩壊のドラマも、ホラー描写を入れることによって、主題がずれ、最後まで観られるお話になる。このストーリーなら、ホラー描写の代わりに家族の過去や秘密の描写を入れる方が世間的には評価の高い作品になっただろう。それがホラージャンルの限界とも言えるし、面白さでもある。物語をひっくり返したり、主題を隠してしまう。はて、本作のどこまでが現実で、どこからが超自然現象なのか、そしてどちらの場面の方が本当につらいのか、我々に問いかける。

ルイーズとマイケルは、実家であるテキサスの牧場に帰ってくる。実家では老いた母親が病に伏し、死が間近の父親の看病をしていたが、母は、子供達二人に、来るべきではなかった、と冷たく伝えるばかり。何かに怯えるような母の様子に戸惑いながら実家の牧畜の仕事を手伝う二人だったが、ある朝母が自殺してしまう。悲しみに沈む二人にも、邪悪な闇の力が迫っていた。

一家はあまり信心深くはなかったようだが、そんな彼らにでも悪魔の邪悪な力が迫っていくと描く。もはや、悪魔というのは、何もしてくれないで試練ばかり与える神様のことを思い出させるための機関のようで、そこに悪魔と神の共犯関係がある。神への信仰を思い出させるための悪魔憑きホラー映画は、ホラー界の保守派である。

彼らの家に近づいてくる者の誰が悪魔で誰が善人なのか分からないという怖さ。精神がボロボロになっていく。コロナ引きこもりの辛さというチャンネルで私は感じ取ったが、アメリカの田舎社会における脈絡はどうなのだろう。直ぐに銃を取り出す一方で隣人と助け合うものだ。そんな中で誰一人信用できない…いや、信用できないと思っているのは自分の方だ。自分が疑心暗鬼になっているのは悪魔のせいなのだ…。

悪魔の侵略により、母が斃れ、マイケルとルイーズも段々と追い詰められていく。そこが恐ろしい。寒々としたテキサスの風景と闇が彼らを追い込んでいくように見える。あの様子から見て、彼ら二人は、田舎に育ったものの、実家から出たかった人たちなのだという感じがする。だから、実家に帰るのも申し訳なさ混じりで居心地が悪そうだ。アメリカホラーで、悪魔に勝てるのは愛である。が、その愛の所在がほとんど感じられない。これでは勝てないだろうと初めから分かるのであるし、そうあるべきなのかもしれない。

ラルフサーキ『エクソシストコップ』ならば、そこを突くだろう。愛が無ければ勝てないと。そして悪魔に負けたとしたら、それは、取り憑かれた彼ら自身の信仰心の弱さと愛の欠落が原因なのである。何と厳しいのだろう!愛って何だろう。愛してないわけではないの、あの一家。だけど、試練に対抗できるほどの愛ではないかもしれないじゃんね。まして、親が病で倒れるなんて、もうどうしたら良いのか。自分たちの生活だってあるじゃない。ボロボロになっている愛。

悪魔によって家族が破壊され、彼らは破滅したのだ、と描くことはどういうことなのだろう。悪魔を恐れ、信じ、それをもって我々を信仰の世界へと誘っているのだろうか。

悪魔描写を除くと、この家族は隙間だらけだ。でも大半の家がそうなのではないかと思う。母の真意を理解できない子供達のつらさ。そしてひたすら眠るだけの父親。ルイーズと父親の関係は悪くなかったようだが、シャワーのシーンで、彼女が内心恐れていることが悪魔現象として立ち現れている。悪魔のせいじゃなかったら、もっと恐ろしいこと。それの後に、ルイーズが死んだ母の代わりに父親の横で眠る様子は、何かがおかしいと思わずにいられない。

マイケルの方が精神的に弱そうな感じなのもなかなかいい。彼は、実家から早く離れようとしている。両親を愛してもいるが、自分の出会った家族の方に逃げ出したがっているのが分かる。そして父親だ!作中ほぼ何もしないってのが面白い!彼が早く死ねば家族は崩壊を目にせずに済んだのである。もしかしたら家で父の面倒見るんだと決めた母の決定自体が悪魔のせいなのではとさえ思う。だからこそ、二人にうちに来ることなんてなかったのよ、と言い続けると考えると…悪魔描写を除くと、とにかく家族の過去がさっぱりわからない。家族の過去描写の代わりにホラーを入れることは、一種の隠蔽なんだね。

悪魔現象は、どうにもならない現実の苦しい問題に一つの解を与え、逆説的に人を救ってもいるのかもしれない。少なくともこれは悪魔のせいだと納得して家族がバラバラになることを受け止め、死んでいける。実はそうでなく、人が原因であるときですら、その真実を知るよりはマシ。死ぬよりはいいに決まってるんだけど、どうしても我々は精神の乱高下によって振り回されるところもある。


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