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いつもおんなじリクエスト。

人間は褒められると成長する、というのは間違いないのかも知れない。

子供の頃から、歌が苦手だった。理由はいろいろあったが、合唱も口パクでやり過ごすほど苦手意識があった。

高校生になり、友達とカラオケに行く機会が増え、しかたなく歌いやすそうな曲を少しずつ歌う様になった。社会人になると、様々な宴会等で歌わなければならない場面はさらに増える。

そのうちに「うまいねぇ!」「いい声だね!」などと褒めれる事が結構あった。歌で褒められる事など無かったから、意外過ぎたが、正直に嬉しかった。宴会や2次会の盛り上げ役となる若手であったため、調子に乗ってドンドン歌う様になった。


直接の上司は一回りほど年の離れた人だった。あまり口数は多くなく、いつも渋い顔をしていたので、最初の印象はあまり良くはなかった。

でも、結局その人と最もよく話をする様になる。生意気で自意識過剰な当時の自分は、職場の人間関係にうまくハマらない事もあったが、その人だけは見離さなかった。2人で飲みに行く事も度々あった。

地元のスナックで2人で飲みながら、お互いの歌いたい歌を思う存分歌ったりもした。その時、その人は「おまえが歌ってたアレが好きなんだよ、アレ歌ってよ・・・トゥモロウ・ネバー・ノウズ!」とよく言っていた。

リクエストに応えてミスチルの「Tomorrow never knows」を歌うと、酔いとリズムに体を揺らしながら、気持ち良さそうに聴いていた。一緒に飲む度にその姿を目にした。

そのうちにお互い転勤があり、同じ職場になる事はなかった。時々ばったりと顔を合わせるぐらいだった。でも、その顔で自分はなんとなく安心した。

ウンザリするほど殺伐とし、裏と表だらけの職場の人間関係の中で、その人も同じ組織にいてくれているという事実が、どこかで支えになっていた。


だけど、突然その人はこの世界とおさらばする道を選んだ。

ショックと悲しみに打ちひしがれてる参列者をよそに、棺の中のその人は、ちょっと微笑んでるんじゃないかと思うくらい、本当に穏やかな顔で眠っていた。

俺の歌う「Tomorrow never knows」を聴いてくれていた時の顔と同じように。


時々、イヤホンをしながら散歩していると、プレイリストに入ってる「Tomorrow never knows」が不意に始まる。

あれから、この曲を聴くと自動的にあの人を思い出す事になってしまった。「どうしてくれるんすか・・・まったく。」と、なんとなく空を見上げながら、心の中で文句を言ってみる。

でも、あの人は何故この曲が好きだったんだろう。単純にいい曲だっていう事があるけど、あらためて理由を聞いた事はなかった。

いずれ聞いてみたいと思う、その理由を。そして「またですかぁ?はいはい、わかりましたよ。」と生意気に答えて、歌ってあげよう。

あなたのいるそちらの世界のほうで、また一緒に飲む時に。


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