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【小説】昭和、渋谷で、恋をしたり 2-20

前回のあらすじ(2-19)
振られたにもかかわらず、想いが募る一方の泰輔。しかし、手足が出ずに落ち込むばかり。そこで、泰輔は一方的にラブレターを書き続けることを決心したのだった。
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夢中になりたい


 11月の深夜に、寮の裏で立ち小便をしたその翌日、私は大学の就職課に向かった。

 だが、すでに就職先が内定していたため、事務員から怪訝な顔をされてしまう。そこで生協へ走り、就職情報誌を買い込むと、カメラ機器メーカーの求人を探した。


 別に受からなくてもよかった。ただ、自分という人間を素で評価してもらいたかったのだ。
 面接に呼ばれる企業もあれば、そうでない企業もあった。そんな中で一つ採用を検討してくれる企業があった。決して大きくはなかったが、カメラ部品を製造している会社だった。


「君みたいな優秀な学生が、うちみたいなところで本当にいいの?」


面接をしてくれた社長がやたらと気をつかっていた。


「来てくれたら嬉しいけど、保険のつもりなら他でお願いできないかな」


 内定していた会社にはもちろんのこと、親にも何も言わずに就職活動をしていたものだから、実はトントン拍子にいったことに戸惑っていた。
 しかし本音は明らかだった。会社に隣接する小さな作業場を見せてもたったときに心は決まった。


 その作業場では15人程度だっただろうか、各々がレンズやシャッターなどカメラ部品に向かって格闘していた。その様子から頭の中にはカメラの完成形が膨らんだ。カメラを作りたいと、かつての幼少期に抱いていた気持ちが血管中を駆け巡って興奮していた。


「子供の頃からカメラが好きで、カメラいじりと勉強くらいしか夢中になれるものがありませんでした」


きっと夏奈恵のことを考えずに何か没頭したかったのだろう。無我夢中になって、そうやって夏奈恵のことを考えずにすむ方法を探していたのだと思う。
 だからなのか、話しているうちに瞳に熱いものがこみ上げた。そして社長に医療機器メーカーの内定辞退を約束して別れた。


 その帰り道、それまではすりガラスの向こう側のように見えていた景色が全部透きとおっていた。胸は踊り、風は朝の高原のように爽やかに感じられた。ずっと低空飛行していた体が、一つ、二つと雲を突き抜けていた。


 その反面、両親に説明することを考えると気分は着陸態勢に入っていった。しかし、もう後戻りはできないと少し大袈裟に意を決し、その夜、実家に電話をしたのだった。



2-21へつづく
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