【小説】昭和、渋谷で、恋をしたり 1-11
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私と寝ようと思ってる?
夏奈恵は私の質問にはすぐに答えようとせず、タバコを灰皿のフチにつけ、灰をトントンと落とすだけだった。吸われないのに火をつけられた、タバコがほとんど灰になったから、ようやく口を開いた。
「その男の人が知ってる人だった?」
「うん……」
「誰?」
「たぶん、佐藤さん……」
「そっかぁ……。ばれてたか」
すっかり短くなったタバコをもみ消し、夏奈恵は予想に反してあっさりと認めたのだ。
「でも、誰にも言ってないよ……」
「ごめんね、余計な気をつかわせちゃって」
「やっぱり……」
「やっぱり?」
「それでも、なんていうか、好きなの?」
「……うん」
「そうなんだ……」
「いけない?」
「いけないっていうか……」
「軽蔑する?」
「そんなことないけど……」
「そんなことわかんないよね。それに……」
夏奈恵の煙に巻くような話し方が切なかった。一定の距離を超えさせない意志が切なかった。だが、次の言葉で切なさは沸騰し、苛立ちが吹きこぼれるのだ。
「溝口さんは私と住む世界が違うもん」
当たり前のことを、当たり前に言う口ぶりだ。
「何も違わないよ!」
「そう? じゃあ、浮気とかしたことある?」
声を荒げた私に臆することなく、その声には余裕があった。
「無いけど・・・・・したくないわけじゃないよ」
「じゃあ、私と寝ようと思ってる?」
悔しくて、ムキになった。そして夏奈恵を抱きしめた。予想に反して夏奈恵は拒むことをしなかった。だから勢いのまま夏奈恵の唇に強く口を当てた。夏奈恵はその力を上手く散らすように、私の唇を吸収した。
夢中で夏奈恵をたぐり寄せ、髪を撫で、畳に倒れ込み、キスを繰り返した。夏奈恵に私を受け入れる用意があることはよく伝わった。背中から素肌に触れると僅かに反り、畳から背が浮いた。
女神は突然微笑みかけてくれたのだ。なのに、私は唇を浮かせ、夏奈恵を見つめた。彼女はうっすらと笑みを浮かべて口を開いた。
「どうしたの?」
私なら平気よ、と大きな瞳がいう。
そして彼女の両腕が私の首に巻き付くと、私は顔を引き下ろされた。今度は夏奈恵から力強く舌を絡ませてきた。その口の中で私は舌を動かしていたが、それは夏奈恵の心の居場所を探しているようだった。
そして探し物は見当たらず、途方に暮れていくだけだったのだ。
1-12へつづく
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