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鹿島アントラーズの新戦術とは何なのか

今季からザーゴ新監督が就任した鹿島アントラーズ。新シーズン始動から1か月、ここまで2試合をこなしてきたが、チームは今確実に変化を遂げつつある。その変化について、今回は書いていきたい。

「ゲームモデル」とは

近年のサッカー界においては、「戦術」という言葉と同様の重要度を持って「ゲームモデル」という言葉が一般化しつつある。ゲームモデルとは、監督がチームに向けて示す方針および、それに関するプレー原則をまとめて、一つの模型のようにしたものである。

例えば、読者の皆さんが料理のレシピ本を出すということを考えてみてほしい。単に料理といっても、その種類は星の数ほどある。普通はその中から特定のジャンルなどに絞って、本を作っていくのではないだろうか。中華料理が得意なら中華料理を中心にしたレシピ本にするだろうし、ダイエット料理の本なら糖質制限のメニューや、豆腐、野菜などを使った料理でレシピ本を組んでいくだろう。この、どんな料理のレシピ本を作るのかという部分が、どんなサッカーをしたいのかという方針になってくるし、その料理を作るには何が必要でどういう作り方をすればいいのか、どの部分で味の濃さなどを調節すればいいのかという部分が、この局面ではどういうプレーが求められているのかというプレー原則になってくるのである。これを一つにまとめていったものが料理でいうレシピ本であり、サッカーでいうゲームモデルなのである。

このゲームモデルがないとどうなるのか。ここでも料理に置き換えた場合、初めて作るメニューの時は何もレシピがないと、何から始めていいか分からなくなるという方は少なくないのではないだろうか。その何から始めるべきか、ということを考えてる間にすでに時間は過ぎていってしまっている。また、複数で料理をする場合を考えてほしい。それぞれで考えていることが同じならいいものの、違う場合はどうだろう。「Aさんが野菜を切ってくれている間に、私はソースを作ろう」とBさんが考えていたのに、「Bさんが野菜を切ってくれるはずだから、私がソースを作ればいい」とAさんが考えていれば、ソースを作ってくれる人は誰もいないことになってしまう。サッカーのようにインプレー中は試合の流れが止まらず、かつ11人で行うと考えた場合、こうした思考停止の時間や考えのズレがいかに致命的なものか、ということなのである。

逆に、それが存在している場合のメリットを考えたい。もし、レシピ本があれば、その通りに進めれば料理は完成することになる。必要な材料がない場合、代用品がレシピに書いてあればそれが家にあるか探すか、買ってくるという次の策が打てるだろう。作る回数を重ねてくるうちに、レシピ本を見なくても料理が作れるようになっていることもあるだろう。11人の相手というものが存在し、足で扱うために不確実性の多いサッカーではそれさえあれば完成するというものではないが、プレーする上で大きな手助けとなるものは間違いないというのはお分かりいただけるのではないだろうか。

ちなみに、このゲームモデルというのは様々な要素によって変化していく。チームのアイデンティや予算規模、プレーするリーグ(相手)、選手の構成などがその要素に当たる。主婦の方向けにレシピ本を作るのと、飲食店のコック向けにレシピ本を作るのでは、中身が変わってくるというものである。

ザーゴのゲームモデルの源流

ゲームモデルがどういうものか、というのを紹介したところで、次は鹿島におけるゲームモデルの中身を紹介していきたいのだが、その前に監督のザーゴが定義しているゲームモデルと似たゲームモデルを採用しているチームがあるので紹介しておきたい。

そのチームはRBライプツィヒ。ドイツ・ブンデスリーガで2月6日現在2位に位置し、前半戦王者の称号であるヘルプスト・マイスターに輝いたチームでもある。このチームを所有しているのは飲料メーカーのレッドブル。このレッドブルグループはグループ内でゲームモデルの原型が統一されており、ライプツィヒの他にも南野拓実が所属していたオーストリアのザルツブルグなど複数クラブを所有している。その複数クラブのうちブラジルにあるのがレッドブル・ブラジル、レッドブル・ブラガンチーノであり、ザーゴは鹿島にやってくる前にこの2クラブで監督を務めていた。似ているのには関係性があるという裏付けがあるのである。

中身はこれから紹介するが、是非気になる方はスカパー!でブンデスリーガの試合をチェックできるので、ルヴァンカップ目当てで契約したついでに見ていただければ。欧州CLにもベスト16まで進出しており、こちらはDAZNで見ることができる。

鹿島の新戦術① プレス

はじめに、同じような切り口で鹿島アントラーズの新しいゲームモデルを解説している記事があるので貼っておくこととする。

では、いよいよゲームモデルについての解説だ。ザーゴが定義する鹿島の新しいゲームモデルは端的に言うと「ボールを持つことで主導権を握り、自分たちからアクションを起こしていく攻撃的なサッカー」である。

このゲームモデルの肝は「試合の主導権を握っているためには、自分たちがボールを持っている必要がある」と定義されていることだ。つまりボールが一個しかないサッカーにおいて、自分たちがボールを持っていない限り、相手から奪う必要があるということである。すなわち、ボールを奪う術=プレッシングから非常に重要になってくる。

鹿島が採用するプレッシングは「超攻撃的プレッシング」である。相手のボールを持っている位置がたとえ自分たちのゴールから遠くても、相手陣内に人数をかけて押し入り、ボールを奪いに行く形のプレッシングだ。最初にボールを奪いに行くことになるFWの選手がまずボールホルダーにプレッシャーを掛け、ボールをサイドに追い出す。サイドに追い出されたところで、そのサイドに人数をかけてボールを奪いに行くというのが理想形である。仮に、相手が無理やり中央に縦パスを入れた場合は、後ろの選手たちが前に出てプレッシャーを掛けて、ボールを奪うという形になっている。

この時に大事なのはプレスを連動させてなるべくスキを作らず、チームとしてボールを奪う箇所の意識を統一させることはもちろんだが、センターバックのパフォーマンスも重要になってくる。人数をかけて相手陣内に押し入る分、自陣の人数は少なくなるし、スペースも生まれてくる。相手にとってはプレスをかわして前線にボールを運べれば、数的同数に近い状態かつスペースのある状態でアタッカーにボールを預けることができ、チャンスが生まれる可能性も高くなる。その可能性を削るのがセンターバックに求められている仕事だ。一対一の強さはもちろん、守備範囲の広さも今季の鹿島のセンターバックには昨季以上に必要になってくるのだ。

鹿島の新戦術② 即時奪回

相手がボールを持っている時のプレッシングも大事だが、自分たちがボールを失った時の振る舞い方も同じくらい大事である。自分たちがボールを持っていたいという先程の定義を考えれば、自分たちがボールを失った時はゴール前の守備を固めることよりもそのボールをすぐに奪い返すことを優先する、という考え方になるだろう。

ザーゴが大事にしているのはすぐにボールを奪い返すという意識は当然として、なるべく陣形をコンパクトにするということだ。一人の選手がボールを奪われた時は、その奪われた選手はもちろん、その近くにいる味方の選手もボールを奪い返しに動くことが求められる。この時に味方同士の距離が遠ければ、奪い返しに行くのに時間がかかり、その間に相手に次の展開へと移らせてしまう可能性がある。だからこそ、陣形をコンパクトにすることで味方同士の距離感を近づけ、相手に次の行動に移る暇も与えずに奪いに行くことが重要になってくるのだ。

鹿島の新戦術③ ショートカウンター

ボールを奪うことも大切だが、ボールを奪った後も同じくらい大切である。ザーゴが求めるのは奪ったボールを大切に繋ぐことよりも、すぐさま相手ゴールに迫ることだ。そのため、ザーゴが言っているのは「遠くを見ること」。ボールを奪った時にまず第一に考えるのは、一番(遠くにいて)ゴールに近くて、フリーになっている味方にパスを出すこと、という風に明確に決まっているのである。この縦への意識、ゴールに近いフリーの味方を活かす意識によって、鹿島のショートカウンターは成り立っているのである。

パスを入れることも大事だが、パスを受けた後も大事になってくる。せっかくパスを受けても、前を向きゴールの方向に身体を向けなければ、シュートを打つのは難しいからだ。ただ、もちろん受けた選手がそのまま前を向ければいいが、当然相手もいるし、スペースが限られているケースも少なくない。そこで重要になってくるのがレイオフというプレーだ。

レイオフについての解説図

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レイオフの解説は図に任せるとして、ここで大事なのは先程も述べた「コンパクト」ということだ。縦パスを入れて落としても、その落とした先に味方がいなければレイオフは成り立たない。要はそこに味方がいるくらい選手同士の距離感を近づけようということでもあるし、逆に言えばそうしてコンパクトになっていてスペースがないからこそ、レイオフというプレーを使うということになってくるのである。

鹿島の新戦術④ ポゼッションとビルドアップ

ここまで3つのポイントについて触れてきたが、これらは全て豊富な運動量がベースにあってこその戦術である。相手からボールを奪うこと、失った時にすぐに奪い返すこと、奪ったらすぐにゴール目指して攻めること、どれも全力に近いレベルで走ることが求められるプレーであり、それをすれば当然スタミナは削られることになってくる。90分間を通してこれらのプレーを続けていく、すなわち走り続けていく、ということが体力的に難しいというのはなんとなく分かっていただけるのではないだろうか。

だからこそ、この3つの戦術を効果的に発揮できるように自分たちでコントロールする必要があるのだ。ここぞという時に発揮できるように。そのためにザーゴが重視しているのはボールを持つこと、ボールポゼッションである。

当たり前だが、ボールはどんなに動かしても疲れるということはない。しかも、自分たちがしっかりとボールを握れていれば、むやみにスプリントをする必要もない。ザーゴにとってのポゼッションとは、繋ぎながら遅攻でチャンスを作り出すという意味合いと同じレベルで、自分たちがボールを持つことで休みの時間を作り出し、効果的にプレスや即時奪回が発揮できるようにするためのものという位置づけなのではないだろうか。ポゼッションで相手を押し込んだ状況なら、そのままゴールまで至れなくても、そのセカンドボールを拾うことや失ったボールをすぐに奪い返すことで、先に触れたショートカウンターを発動させる可能性を上げることが出来るのだ。

このショートカウンター発動のための撒き餌にボールポゼッションを使う、というのはライプツィヒでも採用されている戦術である。今季から監督に就任したユリアン・ナーゲルスマン監督は、これまでロングボールを蹴る機会の多かった選手たちに、ポゼッションの意識を植え付けようとしている。ナーゲルスマンのコメントにもそれが表れている。

「なぜ私がボール保持にこだわるのか? 3つ理由がある。1つ目は、シュートの確率を高められること。2つ目は、ゲーゲンプレッシングをかける態勢を整えられること。そして3つ目は、相手に“カウンターができる”と勘違いさせられることだ。実際はこちらがしっかり奪い返す準備をしているから、相手はカウンターに転じられないんだがね」
ボール保持と聞くと攻撃の印象が強いが、ナーゲルスマンからすると「ゲーゲンプレッシングの準備」なのだ。「過密日程になったらボールを保持することで試合中に休みを作り、それがプレッシングの強度を高めることにもなる。つまりボール保持とRB(※筆者注:ライプツィヒのこと)のDNAは矛盾しないんだ。選手には疑問を持ったらいつでも質問してくれと伝えている」

このボールポゼッションのために重要なのが、ビルドアップである。ボールを持っている時には、大抵相手ゴールに近づけば近づくほど、相手からのプレッシャーもキツくなっていくものだ。つまり、プレッシャーがキツくないはずの自陣でボールを持っている時にビルドアップできない(きちんと繋げない)ようでは、ポゼッションなど夢物語でしかないのである。

ビルドアップで大事なのは、まず相手の1列目を突破することである。ここを突破できない限り、前にボールを繋ぐことは出来ない。鹿島がこの部分で大事にしているのは、数的優位を作ることだ。

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上の図を見てほしい。白の相手チームの布陣は4-4-2とし、1列目はFWの2枚だ。この場合、鹿島が普段の4-4-2のままでビルドアップを行おうとすると、センターバックの2枚と相手FWの2枚がしっかり噛み合ってしまう。この噛み合わせを避けるため、鹿島は今季からボランチの一枚がセンターバックの位置まで下がって、3対2の数的優位を作ることがよりハッキリと求められている。この状態だと、相手は3人のうち1人をマークすることが出来ない。その1人の優位性を活かして、ボールを前進させて来るのである。

もちろん、これは相手の陣形や対応の変化によって、状況が変わってくるので一般論に過ぎない部分はある。相手が数的優位を打ち消してくることも十分考えられる。その時には、サイドバックの選手が逃げ場となっている。彼らはタッチライン際の大外のポジションを取り、中央にパスを出せない場合に彼らにパスを出すことで、サイドになってしまうため直線的にゴールに迫るのは難しいものの、一時的にボールを前進させ、またボールを確実に繋ぐための手段の一つとして存在しているのである。

この逃げ場の概念は、もう少し相手ゴール前に迫った「崩し」の部分でも用いられている。常に陣形をコンパクトにすることが求められているザーゴのサッカーでも、ボールサイドと逆サイドには必ず選手がいることが必須になっている。これは攻撃で詰まってしまい、ボールサイドだけで崩すのは困難であり、むしろ安易にボールを失う危険性があると考えた時には、サイドチェンジで逆サイドのフリーな選手にボールを渡して、そこからもう一度チャンスを伺うためである。ちなみに、ビルドアップと同じく鹿島ではこの役割をサイドバックの選手が務めており、あくまで逃げ場であり攻撃の仕切り直しという概念が強いが、チームによってはあえて突破力のあるアタッカーの選手にこの役割を務めさせ、その選手がフリーの状態でボールを渡して、ドリブルを仕掛けやすくさせて、ゴールに迫るアイソレーションという戦術が用いられていることもある。今の鹿島にはまだその絶対的な突破力を持った選手がいる訳ではないが、昨季の相馬勇紀や今季加入した松村優太のような選手が台頭してきた時には、その選手に大外の役割を担わせる可能性もあるだろう。

ただ、中央からボールを前進させる場合でも、サイドバックにパスを出す場合にも、逆サイドの選手を活かす場合でも、これまで以上に選手たち(特にビルドアップに関わる選手)には正確な状況判断と、その判断を成立させるための技術が求められるようになってくるのは間違いない。ビルドアップは自陣ゴールに近いエリアで行うことが多いため、ミスは即大ピンチに繋がりかねない。そのリスクを背負ってでも、繋いでいけるか。忍耐が求められる局面である。

鹿島の新戦術⑤ セットプレー

あまり触れる部分が多い訳ではないが、セットプレーについても触れておきたい。触れるのは守備の部分だ。昨季までの鹿島は、セットプレーの守備時にマンツーマンで守っていたが、今季からはゾーンとマンツーマンを併用している。ケアしておきたいエリアを決め、その部分にまず選手を配置。その後に配置されなかった選手が、相手のケアしなければいけない度の高い選手のマークにつくというやり方だ。

これはVAR対策という部分もあるだろう。J1で今季から導入されるVARによって、今までは4人の審判員が見切れなかった部分でも、VARにチェックが入るようになった。そうなると、セットプレーなど選手同士の接触が激しくなりやすいプレーでも、よりファウルを見極められる確率が上がることになる。

マンツーマンだとどうしても意識するのは人のため、その人をどうやって抑えるかに注力しすぎて、手を使うことが多くなってしまう。当然ながら、相手を手で押さえるのは、ホールディングで反則であり、ペナルティーエリア内ならそれはPKになる。PKという即失点につながるリスクの高い大ピンチを避けたい、それならばPKを取られやすいプレーを避ければいい、という考え方が今回の守備方法の変更に繋がっている部分はあるのではないだろうか。

現状の懸念材料

ここまで、鹿島の新しいゲームモデルについて紹介してきた。とはいえ、ゲームモデルや戦術に完璧なものはない。長所があれば短所があるものだ。最後に、その短所について触れておきたい。

一つは、プレスがハマらなかった時だ。こちらが仕掛けるプレスを相手が技術の高さでかわしてきた時、スタミナの問題などでプレスを仕掛けられない時、そのまま押し込まれた時にどうやってボールを奪って、ピンチを凌ぐのかという点については、まだ不明瞭なままであるし、こうしたゲームモデルを選択するチームのあるあるの課題である。

プレスは連動することで、その効果が発揮しやすくなるものだ。単独で行く場合は、失敗のリスクが途端に跳ね上がる。言い換えれば、関わる全員の意識を統一させる必要がある。それが出来ない時に、どうするのかという問題だ。

ザーゴはここでもコンパクトというワードを用いて、ひとまず中央を固めることを優先させているようだ。直接ゴールに繋がる可能性の高い中央をケアして、可能性の下がるサイドは許容してそちらに誘導する。選択肢としてはベターなものと言えるだろう。

もう一つの課題は、相手がプレスを仕掛けてきた時だ。似たゲームモデルを採用しているライプツィヒも、プレスをかけられてビルドアップのミスから失点するケースがそれなりにある。鹿島もそうだが、今まで繋ぎにこだわってきた訳ではなく、また繋ぎの部分を最重要視してメンバーを選んでいる訳ではないチームが、陥りがちな現象である。

これに関しては、まずチーム全体が練習を積み、試合で経験を積んで上手くなっていくしかない。ビルドアップの根幹を担う選手は尚更だ。そこに至るまでミスも発生するかもしれないし、そこから失点することもあるかもしれない。それをどこまで許容できるかが、監督のバランス力が求められる部分だろう。

また、逃げ場を増やすことも重要だ。例えば、前線の選手が低い位置まで下がってボールを受けたり、前線のキープ力のある選手にロングボールを送って個の力でなんとかしてもらう、ということである。前者で言えば水戸戦の荒木遼太郎のようなプレーが求められるし、後者で言えばエヴェラウドにその期待がかかっている。

正直、まだリーグ戦も開幕しておらず、就任初年度で不透明な部分も多い。これからチームは試行錯誤を繰り返していくことになるだろう。その中で、上記のようなゲームモデルを転換する可能性もある。それでも、そのトライ&エラーを明確化することが、ゲームモデルをしっかり作っていくうえで最大のメリットになる。何が出来たのか、出来なかったのか、何がいいのか、いけなかったのか、そうした自問自答を繰り返すことで、ゲームモデルは完成されていく。

最後にこれだけは言える。今季の鹿島は面白くなりそうだ。

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