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契約不適合責任条項を売主に有利にアレンジする方法【ビジネス契約書の重要条項解説】

複雑に見える契約書ですが、補助線を引いたらすんなりと理解できた、みたいな瞬間があります。非常に知的満足を覚える、楽しい体験です。ただ楽しいだけでなく、契約とはビジネスにおいてリスクを予防し、個人や会社を守るための実践的な知恵でもあります。そんな例のひとつとして、契約不適合責任という条項を紹介します。

ビジネス契約書において圧倒的に重要な条項のひとつ


契約書をチェックする機会のある方は、売買契約書や業務委託契約書の中に出てくる「契約不適合責任」という(比較的新しい)用語を見かけているかもしれません。民法が改正される前は、売主の担保責任とか「瑕疵担保責任」と呼ばれていたものです。契約不適合責任はビジネス契約書をチェックするうえで、とても重要な条文です。

契約不適合責任は「売主」の担保責任です。よってここから、自分が「売主」になった気持ちで読んでいただくとより理解しやすいと思います。商品を買ってもらう際に、契約書をお客さんに見せているところを思い浮かべてみてください。

契約不適合責任条項とは?

契約不適合責任は、民法562条~572条に規定されている「売主」の責任です。ようするに売主が商品を売った後で、民法上どんな責任があるのか? という話ですね。

民法に書いてあることを要約すると、目的物が「種類、品質または数量に関して契約の内容に適合しない場合」に、買主は売主に対して①目的物の修補、代替物の引渡しまたは不足分の引渡しによる履行の追完請求、②相当期間を定めて履行の追完の請求をし、その期間内に履行の追完がないときの代金減額請求、または履行の追完が不能であるなどの場合の催告によらない減額請求、③損害賠償請求、④解除をすることができる、というルールです。尚、買主が契約不適合責任を追及するには、種類又は品質に関しての不適合を「知った時から1年」以内にその旨を売主に通知する必要があります。

なんだかごちゃごちゃしていますが、ひとまず、契約不適合責任は「4つの請求権と1つの期間」と覚えましょう。

補助線:4つの請求権と1つの期間

■複雑ですが「4つの請求権と1つの期間」と覚えておけばわかりやすいです。=買主は売主に対して、以下の請求ができる。尚、種類又は品質に関しての請求をするには買主は不適合を知った時から1年以内に売主に通知する必要がある。
①目的物の修補、代替物または不足分の引渡しによる履行の追完請求
②相当期間を定めて履行の追完の請求をし、その期間内に履行の追完がないときの代金減額請求、または履行の追完が不能であるなどの場合の催告によらない代金減額請求
損害賠償請求
契約解除

民法は一定の場合に買主が4種類の請求権を持つ、と定めることによって、契約不適合責任という「売主の責任」を表現しています。少し雑ないいかたをすると、ようは「クレーム保証のルール」です。つまり商品を買ってくれた顧客が、なんらかの「契約との違い」(種類、品質又は数量が違っていた=約束違反!)を発見した時のための条項といえます。
約束と違ったわけですから「買主」は契約不適合責任を根拠に「売主」に対して上記のような請求をすることが可能だというわけです。たとえばサッカーには「ペナルティエリア内でファウルをすると相手にPKが与えられる」といったルールがありますが、あれに似ています。契約不適合責任の場合は、(PKではなく)一定の期間内に4つの請求権が与えられます。

契約ではどう定めるか

民法のルールがそうなっているのはいいのですが、では「契約」ではどう定めるのがよいのでしょうか? サッカーと違って、契約では公式ルールとは異なるルールを決めることができます。まあサッカーでも、友達同士でなら独自のルールで遊べますよね。法律の世界では、当事者が決めたルールには口出ししないで自由にやらせるのが原則(契約自由の原則)なので、契約不適合責任についても、契約で異なる合意をすることが可能です。(例外もあるのですがいったんそういうものだと思ってください。)
極端に言えば「売主は契約不適合責任を一切負わない」という契約もあり得ます。もちろん「一切責任を負わない」という規定が別の法律に触れたり、売主に有利過ぎるということで「買主」が契約書にサインしないかもしれないリスクがでてくるので、おすすめはできません。サッカーでも「そっちだけ、ディフェンダー全員無しにして」とか言われたら試合したくないですよね。それでも「考え方として」はあり得るのです。実際はもう少しマイルドに、売主の責任を「軽減」する契約内容にすることが多いです。

いったんここまでをまとめます
・民法には、売主の約束違反に対して、買主側からクレームができる、みたいなルール(契約不適合責任)がある。
・買主には4つの請求権が認められる。ただし種類と品質の通知は期間限定。
・契約で異なるルールを決めることができるので、売主はアレンジした方が一般に有利になる。

では、せっかくですから、具体的にはどのように修正すれば「売主」はこの責任を「軽減」できるか? も考えましょう。

4つの請求権と1つの期間

アレンジの考え方ですが、ここでもやはり「4つの請求権と1つの期間」が合言葉です。アレンジとは、まず民法という公式ルールがあって、そこからどう自分たちのオリジナル・ルールをつくっていくか、というステップだからです。

■売主に有利にアレンジするには?
①追完請求 → これはできるとすることが多い
②代金減額請求 → これはできないとすることが多い
③損害賠償請求や、解除 → これもできないとすることが多い
④知った時から1年 → 知った時からだといつになるのかわからないので、始期をはっきりさせることで短縮することが多い

商品の流れを意識する

ところで、そもそも契約不適合責任は、商品が「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しない場合」の話です。なので、ここですこしだけ話がそれるのですが、一般的な契約における商品の「流れ」に注目してください。

この「流れ」に注目!
売主が商品を発送する 
→ 納入場所に届く 
→ 買主が検査する / 合格 / 不合格(やりなおし)
→ 受領が完了する 
→ 買主が利用する / 買主が支払を完了する / 契約が終了する

商品は、売主と買主との間を物理的に移動していき、契約が「段階的」に履行されます。「コンビニでジュースを買った」「八百屋さんで大根を買った」という取引なら、契約は点としてイメージできますが、多くのビジネス契約では、商品の動きに沿って長い「線」が生まれます。ゆえにこの「流れ」は、ひとつの条文(点)にまとめて書くことはできず、納入条項、検査条項、支払、というように、いくつもの条項が必要になります。流れの途中には、危険負担の移転、所有権の移転、権利帰属の移転、も関係してきます。また受領は多くの場合、売主が買主に商品代金を請求できる根拠となるものなので、支払条件に影響を与えますし、今回の契約不適合責任の問題も、受領された後ではじめて意味を持つルールです。このように、ビジネス契約においては商品の時間軸上の流れが存在し、それにまつわるターニングポイントが存在するということです。当たり前のことを言っているように聞こえると思いますが、契約書をみるときに商品の流れという「軸」を意識しながら、今回でいえば「契約不適合責任」という「部分」に着目する、この「木を見る、森も見る。」みたいな感覚を、はやくから養っておくと後が非常に楽になります。今わからなくてもいつか全部つながってくるので覚えておいてください。

契約不適合責任は目的物の引き渡し後の問題

一応この流れで確認しておくと、契約不適合責任は、お客さんに商品を引き渡してからの論点です。別の言い方をすれば、商品がまだ引き渡されていないうちは、契約不適合責任の問題にはなりません。お客さんもさすがに、商品を見てもいないうちから契約違反かどうかなんてわからないから当然ですね。

契約不適合責任条項を有利にアレンジする方法

では、話を元に戻しまして、「売主」が契約でこの条文を有利にする方法についてまとめます。

(; ・`д・´)注意点 →今回は売主目線です

あ、今回は売主目線で書いていますので、買主がアレンジする場合は視点が逆になります! この点はくれぐれもご注意ください。
ではいきましょう。

①追完請求 → これは「できる」とすることが多い

「追完請求」とは、ようするに「契約違反をなんとかしてくれよ」というお客さんからの請求に対して「なんとかする」ことです。具体的には修理とか交換などの、その製品の性質や状況に合わせた対応がとられるわけですね。ある意味お客さんからの妥当な要求への通常の対応といえます。なので、「追完をまったくしない」という契約はあまり見かけません。
ただし、何が「妥当な要求」かは一概にいえませんから注意が必要です。たとえば「中古の商品」を、そうと分かって(ある意味納得ずくで)購入した場合は、傷、故障、ダメージなどは「買主」もある程度許容しなければなりません。とはいえ、程度の問題もあり、リスク予防の観点からいえば、契約でどこまでの品質が期待でき、あるいは期待できないのかについて事前に定義しておく必要があります。

たとえばシステムの受託開発をしている会社が、買主にシステムを納入したら「このシステムにはいくつかバグがあるので契約不適合責任を追及したい」と主張された場合はどうか? 追完請求として対応しなければならないのか、それとも不適合にはあたらないとするのか、といったケースが考えられます。何をもって契約不適合とすべきか、期待のギャップが大きくなるとトラブルに発展しやすくなり、リスクがあります。そこで商品の「品質」については詳細に定義するか、バグなどの典型的に議論になりやすいポイントがある場合はそれについて「不適合とはみなさない」とするなど、ある程度明確に契約してしまうことが考えられます。

POINT1:何が不適合にあたるかを具体化しておくと、トラブル予防になる
例えば? → 「契約不適合とは、別に定める「仕様書」との不一致の他、同種の製品が通常備えている品質や仕様として当然要求されるものとの不一致をいうものとする。」などの条項を入れる。

②代金減額請求 → これは「できない」としたい

一般的に「売主」は、代金減額請求権は除外してしまう方向で検討します。
代金減額はもともと、買主が追完の請求をした後で行使すべき手段です。ここをもう少し具体的にいうと、民法上は、買主が相当の期間を定めて催告をしても、売主が履行の追完をしないとき(ただし履行の追完が不能であるなどの一定の場合には追完の催告を経ず)に、不適合の程度に応じて代金の減額を請求できる、と定められています。

(買主の代金減額請求権)
民法第563条
①前条第1項本文に規定する場合において、買主が相当の期間を定めて履行の追完の催告をし、その期間内に履行の追完がないときは、買主は、その不適合の程度に応じて代金の減額を請求することができる。
(以下略)

民法 第536条第1項

ようするに買主側も「いきなり減額請求」はできず「先に相当期間を定めた上で追完請求」をして、それでもダメなときは減額請求できるよ、というのが民法の考え方なんですね。
頭のいい買主だと、この民法のルールを契約で修正してきます。つまり、契約不適合があれば「直ちに代金減額の請求ができる」みたいに契約で定めて、救済手段としての効率を高めようとしてきます。たしかに追完請求なんかしないで、いきなり減額請求にもっていければ、手っ取り早い気がしますね。こういう契約書を買主が出して来たら「お、なかなかやるな!」という感じです。

まあ、感心している場合ではないので、「売主」としては代金減額請求権そのものを、できれば除外する方向で検討します。なにしろ、いったん引渡した商品について「その不適合の程度に応じて(民法536条)」減額の処理をするなどというのは、具体的算定や経理処理など、考えただけでもかなり手間がかかるので、可能性はできるだけ低くしたいところです。

POINT2:代金減額請求の除外を検討する
例えば? → 「買主は、売主に対し、契約不適合を理由に代金減額請求をすることができない。」と規定したい。



③損害賠償請求や契約解除 → まとめて除外したい

「損害賠償」と「解除」はもはや、ひとまとめにしてしまいました。4つの請求権、といったときにはそれぞれカウントしていたのですが、売主にとってはどちらも好ましくない条件なので、まとめて「除外したい」項目になります。
ここで、いったん逆の立場にたってみますと、当然ですが「買主」にとっては、これらを除外して救済手段の選択肢を狭める理由が、まったくありませんよね。よって買主は「損害賠償請求及び解除権の行使」も当然主張してくるはずです。つまり、これらの請求権を外したい売主と、外したくない買主という対立構造になるので、たいていここは契約締結交渉という名の戦いになります。

繰り返しになりますが、契約不適合責任とは、商品の「種類」が違っていたり「品質」が劣っていたり、そもそも「数量」が足らなかったりした場合に、それを売主がどう担保すべきか? という民法上のルールです。そもそも「売主」は、こうした不適合が仮にあったとしても、通常は修補や代替品の供給によって十分に埋め合わせできると考えられますから、特に理由がなければ「損害賠償」や「契約解除」の選択肢は、遠ざけておきたいものです。もちろん相手のあることですから常にこのアレンジがうまくいくとは限らない(正直、困難な場合が多い)のですが、有利変更の考え方として知っておくべきです。

POINT3:損害賠償請求や契約解除も除外する
例えば? → 「買主は、売主に対し、契約不適合を理由に損害賠償請求、本契約の解除をすることができない。」と規定する。

④知った時から1年 → 期間を短縮したい

最後のポイントは、「期間限定」という部分のアレンジです。「今だけ半額」とか「緊急お買い得セール」のように、法律のテクニックとして、ある権利に”締め切り”がつけられることがよくあります。この場合も「担保責任の期間の制限」といって、民法上、買主が契約不適合責任を追及するには、種類又は品質に関しての不適合を「知った時から1年」以内にその旨を売主に「通知」する必要があります。

■ハイレベル豆知識 プロ同士の売買なら「受領後6カ月」
ちなみに、商人間の売買契約においては、商法526条第2項が、遅滞なき検査により種類又は品質に関して不適合を発見した場合「目的物の受領から6カ月」以内に通知しなければ、契約不適合責任を追及できないと定めています。簡単にいえば商法の方が担保責任の期間が短いのです。
何で短いのかというと、そこはプロ同士、お互いに取引には詳しいはずなのだから、そんなに長い期間保証してもらわなくても大丈夫でしょう、というイメージで理解できると思います。

商法526②

「買主」にとっては(お得なセール期間はできるだけ長い方が嬉しいのと同じで)、民法の「知った時」を起点にするとともにできるだけ長い期間にした方が有利ですが、逆に「売主」にとっては(いつまでもセールばかりやっていたら損をしかねないのと同じで)、できるだけ短い期間に設定した方が一般に有利となります。そこで「知った時から」とはせずに「買主が受領した時から」などの明確な始期を規定して、期間を明確化、短縮化します。

POINT4:担保責任の期間を短縮する
例えば? → 「買主は、本件製品の検査合格時から6カ月以内に、本件製品の品質、規格、数量に関して本契約の内容や趣旨に適合しないものであること(以下、「契約不適合」という。)を発見したときは、売主に対し通知することにより、相当の期間を定めて本件製品の不足分の納入、代替物の引渡しによる履行の追完の請求をすることができる。」などと規定する。

以上、契約不適合責任の売主にとっての有利変更のポイントでした。

まとめ

あらためてまとめてみると、契約不適合責任条項だけでもこんなにいろいろ考えることがあるんだったら、契約書全体となるとさぞかし大変だなーと、思わなくもありません。ただ契約不適合責任は、契約書の数ある条項のなかでも特にメジャー級のレギュラーメンバー、いわばスタープレイヤーなのです。だからここが読めたらあなたも上級者です。契約書は、すべての条項をまんべんなく読んでいるときと、重要な部分に絞って読んでいるときがあります。どっちの読み方も大切なのですが、ようは、読み方にもいろいろなレベルがあって、使い分けているということです。
いろいろなレベルと言えば、最近あらためて「基本」の大切さに気付かされています。たとえば「なぜ契約書をつくるのか?」や「なにに気を付けて契約書をつくるべきか?」といった、さすがに初学者でも簡単にこたえられそうな論点です。このきわめて「簡単」なことが、実は一番重要だったかもしれないと感じられるのです。若い頃は「もっと難しい論点を」「もっと具体的な事例を」・・・と躍起になっていた気がします。もちろんそれも大事ではあったのでしょう。しかし日常的に契約書とむきあっていると、特殊な事例は、数が少ないから特殊なのであって、実際に日々出くわすのはもっと普遍的で「基本」的な問題であったのだと思い知りました。

ともあれ、やはり契約書について書いているときが一番楽しいです。
契約をテーマにして早20年。いまさらですが基本をあらためてやりなおし、それについてまた書きたいと思っています。

追伸


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