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さぁ、入院中にお世話になった人へ、手紙を書こう。

2024/06/18は朝から大雨だ。
陽の光が朝に来ないと心がどこかやっぱり不安になる。
人間は、ないものねだりだ。 
普段は晴れてれば、晴れてるで嫌悪感はあるし、もう本当にないものねだりも良いところだ。

退院前日ということもあって今日はお金の話が多い。
これを全部一人でやってくれてたんだと深く感謝をした。
それであんな態度だったら、嫌にもなるしストレスも溜まると思う。  
こういうふうになって、改めて自分にかかってる手間を知ることができたと思う。

知らなかった。
こんなに大変なことしてくれてたなんて。
それであの態度じゃ腹が立つと思う。
言い訳をするわけじゃないけど、自分は傲慢だったとすごく思う。
もうどうにも取り返しつかないけど、感謝の気持ちだけは伝えたい。
ないものねだりの話に通じるけど、人間失って初めてこうして気付く。
人間ってやっぱり都合いいなって思う。

さて、今日は退院前日。
全然楽しみでもないし、むしろここにもっといたいとさえ思う。
担当の人や、いつも付き合ってくれてるリハビリの人たち、そして同室者のみんな。
本当にこういうときって、普段覚えてないのに自然と思い出たちがフラッシュバックするね。
忘れても胸の奥底にはちゃんと残ってるって本当みたいだ。
そんなことを考えてたときに、先に退院した人からメールをわざわざいただいた。
喉の奥が涙をこらえるので痛い。
人間って都合いいのか、こういう時にばかり思い出すように作られてるのか?

みんなとのおかげで思い出一つ一つが煌めいてる。
落ちたことで苦しんでる人たちがいて、大変な思いしてる人がいるのに、こんなこと思っちゃうのは本当に失礼だと思うんだけど。
でも、それと楽しかった思い出はまた別のものかなって思う。
大変な思いや、苦しんでる人に申し訳ないという思いは確かにある。
楽しかったことや嬉しかったことを、感じなくなったらそれこそ病んでしまいそうだとも思う。

僕がした自殺ってことは決して許されることじゃない。
たくさんの人を傷つける行為で周りにどれだけ迷惑をかける行為か。
ってことは重々自負してるので、もうやらないと強く思う。
でも高次脳機能障害になったし、自分ですら絶対って言いきれないから信じられない。
だって自分で自分自身が分からないんだもの。

『口ではなんとでも言えるから』とは本当に思うし確実に心のどこかで心配になるだろう。
友達、職場や家族から『危険分子』と見られても、もう仕方ないと思ってる。
ネガティブに捉えないでほしいんだけど、世の中の辛いことは全部全部僕が背負うからみんな笑って?と思ってる。
そんな小さい心でどうにもならないんじゃ?って思われると思うけど、気持ちだけは大きいよって想う。
それこそ、お世話になった同室者の人たちや、主治医、リハビリの人には申し訳が立たないと切実に思う。

さぁ、まだ字は下手くそだけど、もう中々会えない病院で出会った人へ手紙を書こうと思う。
うまく手紙で気持ち乗るかな?
迷惑じゃないといいな。

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